ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ3)

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「そらが」

Aは口を開いた。
少年はこちらを見ない。

「空が同じだったから」

縁側から見えた空も、河川敷の空も繋がっている。
橙から紫に変わるのはどの世界も同じだ。
だけれど、あの縁側以外にも色があるのかとAは少年と出会った日に初めて知ったのだ。

少年はゆっくりとこちらを見た。

「名前は」

なんてぶっきらぼうな言い方だろうとは思うが、Aの名前を聞いていることは明白で合った。A、と告げると少年は指で地面に文字を滑らせながら百之助と告げた。

なるほど、あの家は尾形だから尾形百之助か。

「...ひゃくのすけ」

Aはポツリと呟く百の助けと書いて百之助。
あの気が違った母親がつけた名前だろうか。
どちらにせよ、誰かがきっと深く思案してつけた名前だなと思った。それでも、気が違うのか。
噂には聞いていた。Aの母は噂好きであるし、幼いAに対して何を言ってはいけないのかの分別もついていなかった。百之助の父を待っているあの芸者も、可哀想な自身を育て直すためにAを産んだ母も同じ穴の狢であった。

「かえらなきゃ」

無言で空を眺めていたが一刻はとうに過ぎていた。
Aは立ち上がる。ザッと歩みを進めてふと振り返って百之助を見た。
俯いて顔が見えない。酷く落胆しているように見えるし考え込んでいるように見えた。どちらにせよ帰りたくない、背中からそんな悲しみが滲んでいるような気がした。

他人の気持ちをはかることをAは好かない。
他人の気持ちなど考えても無駄だからだ。全ての物事に理由があると思ったら大間違いだ。朝令暮改。朝許されたことが夕暮れには罵声に変わる様をAは何度も見た。人の気持ちなどわからない。
けれどこの口数の少ない少年の気持ちははからなければ疎通ができない。
間違っていたら怒ればいい。母のようにどうしてわかってくれないのかと泣き喚いてくれたら少しばかりは感じ取れるのに。

Aは座った少年に向かってそっと手を差し出す。

「帰ろう」

どこに、とは言わなかった。
Aたちには本当に帰る場所などどこにもなかったのだ。