ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ19)

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ぎっぎっ

祖父母からあの日の母と似たような声が聞こえる。
尾形はその光景を何も映さない眼で見つめていた。

「さて」

先ほどから何も言わないAに尾形は視線を移す。Aはさして驚いていないようであった。
相変わらず食えない女だ。
尾形は心中でそう呟いて立ち上がる。

「山に埋めるぞ」
「その必要はない」

あ？と尾形は方眉を上げた。
ついに裏切ったかこいつ。
文句の一つでも言ってやろうと座ったままのAの頭に手をやる。
Aはそっと懐から一枚の手紙を取り出した。尾形の手を振り払い立ち上がる。すぼっと音がしそうなほど勢いよく尾形から殺鼠剤を盗むと鍋にそれをぶち込む。Aは尾形の祖父の懐に手紙と殺鼠剤の瓶を詰め込んだ。

「おい」

Aは答えない。尾形とAの椀の中身を鍋に戻し食器を持ち上げる。
すたすたと自身の前を通り過ぎるAに舌打ちし、尾形はそっと祖父の懐の手紙を盗み取った。

『トメの元へ』

誰の字かもわからないほど震えている文字であった。これでは誰が書いても同じだ。

あの女どこまで予測してやがった。
椀を洗って片し終わったAが焦点の合わない目で尾形を見つめている。
尾形はため息をつき、そっと手紙を祖父の懐に戻した。

「分かってたのか」
「これで、誰も疑わない」

失踪なんかよりずっと利口だ。兵隊に行った孫を見送った後、夫婦共々娘と同じ方法で娘の元へ。誰も責めない。誰も疑わない。

Aの瞳は尾形を決して責めない。
気色の悪い女に育ったものだ。
そう一人ごちる。この気味の悪い女に付き合えるのも俺だけだ。

「いくぞ」

誰かに見つかる前に。
尾形はAを何かから隠すように足早に裏口を出た。

二人はもう戻れない。
その先が地獄であろうと修羅であろうと、二人の行く末は同じなのだ。