ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ14)

今日:32 hit、昨日:45 hit、合計:10,731 hit

6 ページ14

葬儀に父はこなかった。
軒下で延々と参列者の顔を覗き見たが父と思われる顔はいなかった。
所詮芸者。父は今は旭川で本妻に息子がいると聞く。百之助よりも後に生まれた息子。百之助しかいない空白の期間なら父は自分を愛しく思ってくれたこともあっただろうか。

母は男を思い気を違ってしまっての服毒自死ということになった。鼠捕り瓶を隠し持っていたのだから言い訳のしようがない。

思考を巡らせていると黒の着物を着た親子が参列しているのが見えた。Aの顔はまるで仮面をかぶせたように無表情である。
焼香を済ませた後Aは隅に追いやられていた。

黒い着物がよく映える白い肌だ。普段下ろした絹のような髪は丁寧に結い上げられている。この時代には珍しく目が大きく小さな鼻は高い。西洋に近い顔立ち。父母は純日本人であるはずだが、そういえばAの母親は近所では噂になるほどの美人であった。

その美麗な容姿とは不釣り合いな光のない目。
あれだけのことに巻き込んだのだ。落ち込んでいても不思議ではない。しかし、百之助の母の着物の袂に瓶を滑り込ませたあの笑みはいったい。

頭のいい女だと思った。これで百之助も祖父母も疑われることなく、男を思ったが故の行動で集落のものも納得してしまう。可哀想な一家であることは芸者の母が百之助を連れてここに帰ってきた時から変わらない。不憫な色が濃くなるだけで何も変わらずに生活できる。
6.7つの女がそこまで考えたとは到底思えなかったが、なんせAは口数の少ない百之助の意図を汲むことに長けている。どこまで見透かされているか。

百之助はAの着物の袖を無遠慮に掴むと走り出した。
この状況でさえも、抵抗もなく文句も言わずについてくるAを百之助は気に入っていたのである。