ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ13)

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中央で鍋が煮込まれる。
尾形家に囲まれたAは居心地が悪そうであった。
普段表情が欠落している分、こんな顔もできるのかと百之助はAを見つめた。

祖父母に鍋をよそい椀を渡す。
母にも同じことをしようと鍋をよそった後、着物の袂の殺鼠剤に指で触れた。

父は母に会いに来るだろうか。
来ればこの母の地獄は終わるのだろうか。喜ぶだろうか。
父は慰めの言葉と共に己の頭を撫でるだろうか。
どこに行っても地獄ならば、それならば。

スッと殺鼠剤を椀に入れ母の前に置く。
Aに椀を渡すと素直に受け取った。

Aが椀に口をつけほうっと息を吐く。
母のあんこう鍋は美味であった。Aに一度食べてもらいたいと、いつしかぼやっと考えていたことを思い出す。

ぎうっ、という人間から初めて聞く声が耳に届いた。
父は会いに来るだろうか。これからどうなるのだろうか。
地獄は続く。百之助は己の地獄がどこまでも続くことをなんとなく予知していた。

地獄の形が変わったところで、己は何も変われはしない。
せめて、せめて。

ふとAの香りがした。真横にAの顔がありぎょっとする。黒黒とした瞳には何も写していない。百之助さえも。そういえばとんでもないことに巻き込んでしまった。すっかり抜け落ちていた己の思考。何かをAに言わなければと口を開いた瞬間、着物の袂をまさぐられる。

その瓶のラベルを見たAがため息をついた。

なにを...そう口を開こうとした瞬間、Aは狂ったように叫んだ。
ぎょっと身じろぐ、この光景を見てついに狂ってしまったのだろうか。己が狂わせたのか。

Aは泣きながら百之助の母の体に縋り付く。Aの指が器用に瓶を回転させ、母の袂に殺鼠剤を納める。

Aの口角が密かに上がったのを、百之助は確かに見た。