ふたりで、ひとつ-共犯者篇-幼少期〜日露戦争前 (ページ11)

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柵の前を通ると現れる幽霊。
初めはその程度の認識であったが、季節が変わるにつれ百之助はその柵の前で少し待つようになった。

ガサゴソと音がして百之助は歩みを再開する。
音がしない日もあった。そのあとは大抵数日ほど現れない。
その前日には決まってAの母親の金切り声が聞こえる。理由は火を見るより明らかであった。

今日は河川敷に来れるらしい。
季節は冬になろうとしている。あんこうの季節が来る。
百之助は母のあんこう鍋が好きであった。金色の汁はいい出汁が取れていてどんなに食欲がなくとも美味いのだ。
そのあんこう鍋が自分のために作られたのならどんなに幸せだろうかと百之助は考える。
いつか、いつか。ポツリ、ポツリと毎日呟く。
いつか、おっかあは。

ふと、Aの体が少し震えていることに気がついた。

「寒いのか」

Aはきょとんとしている。そういえばこんな会話なぞ出会った時以来であったかもしれない。毎日一刻ほど時間を共有しても百之助たちの会話は2、3回にも満たなかった。

「おててが、冷えた」

まるで幼児のそれであった。この少女にも母に手を繋がれた記憶があるのだろうか。それは幸せな記憶だろうか。それともAを繋ぐ鎖だろうか。

先ほど撃ち落とした鴨の体温が百之助に伝わる。
百之助は鴨を地べたに置くとAの隣に座り、そっとその手を握った。Aはその手をじっと見つめている。
命の温度はつながっていく。事切れた鴨もこうして朱を温める。

Aは何やら考え込んでいたがふと、己の手を百之助の手ごとAの腹と太ももの間に挟み込んだ。

「温かい」

Aの温度は百之助にも伝わる。この少女と混ざり合えばこの満たされない気持ちは埋まるのだろうか、じわりと己と何かが混ざる感覚に百之助は瞳を閉じた。