*五話 ページ6
晴一に連れられて、煉瓦通りを戻る。
二人が暮らしているのは、路地裏に面した古びた三階建てのビルヂングの一角で、蜘蛛の巣と埃にまみれていたのを、三日近くかけて住めるようにしたものだった。
上にも下にも住民のいる気配はなかったが、引っ越してきてすぐ、真夜中に階下から絶叫と銃声が聞こえてきたことがあり、以来、出かける時には早足で階段を下るのが習慣になっていた。
玄関扉の煤けた壁には、小さな花輪が飾ってある。
三、四年も経てば捨てて引っ越すというのに、晴一は少しでも住みよいようにと掃除や修繕を怠らない。
日中は外に出られない身なので、それ位しかやることが無いんだよ、とぼやいていたのを思い出す。
何年経っても晴一の見た目が歳をとらないせいで、彼とまほろは数年ごとに住居を移していた。
そうして、不便ながらも帝都中を転々としていたのは、ひとえに、まほろが晴一と一緒にいたかったからだ。
たぶん、晴一には、生まれた時から世話をかけているのだと思う。おしめを替えるのも、風呂に入れるのもきっと、晴一がやっていたのだろう。
まほろにとって、一番古い確かな記憶は、小学校に入る少し前のものだ。
当時暮らしていた家に、お客が来ていた。
笑いながらまほろの頭を撫でる晴一に、「若いのに、いいお父さんね」と声をかけていた。
やがて、「小学生の姪っ子と若い叔父」、中学に上がれば「二親を亡くした年の離れた兄妹」。住処を変え、肩書きを変えながら、十六年も、一緒に暮らして来た。
玄関口で、ばさりとコートを掛けて晴一が言った。
「じゃあ、ちょっとだけ夜食を作ってあげるから、まほろは手を洗ってきなさい」
はーい、と返事をして洗面所へ向かう。
ピカピカに磨かれた鏡の前に立つ。
柔らかくて真っ直ぐな黒髪。伸ばすようにしてからは、男の子と間違えられることも随分減った。
だが、鏡の中の自分と、目を合わせることだけはできなかった。
──やだ。見てあれ。
──うわっ、俺あんなの初めて見た。
──そんな風に言うんじゃありません。可哀想に、病気かしら……?
嫌悪、好奇、憐憫。そんな視線を、飽きるほど浴びてきた。
可哀想な自分に呟く。
「……蒼い目の、女の子」
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- 恋愛運: ★★★☆☆
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花尾安紀(プロフ) - 昴さん» お読みくださりありがとうございました! 更新頑張ります! (2016年5月4日 6時) (レス) id: 441a893882 (このIDを非表示/違反報告)
昴(プロフ) - 読ませていただきました!とても面白かったです!更新頑張ってください(((o(*゚▽゚*)o))) (2016年5月4日 3時) (レス) id: bf11e41d26 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:花尾安紀 | 作成日時:2016年5月3日 18時