9話 忘れたい、忘れたくない ページ10
それから数日後、普段通りの時間に目を醒ましたというのに風見さんが居なかった。彼は仕事ならそう書き置きする。僕がご飯を作り始めてからは、より細かくその日の予定を教えてくれている。
書き置きも、本人もいない状況に少し困惑する。
コンビニに行っているとか?すぐに帰ってくるつもりなら書き置きがなかったのも……いや、真面目過ぎるところがあるからそれも書き置きしそうだ。
『あ、』
なら何処に?なんて考えながらキッチンに行くと、幾つかの缶が干されているのを見つけた。全てアルコールの入ったものだ。自分が飲んだ覚えはない、それどころか死んでから酒の類いを一滴も口にしてないし。
『なんだ寝坊か』
彼でも気が緩むことはあるんだなぁ。そういえば、今日は全休だと言っていた気がする。ならゆっくり休ませてあげるべきか。
簡単に朝御飯を食べ(風見さんのも作ってある)、いつものようにベランダに椅子を出す。まだ1人で外に出る勇気はでない。あの、虚しくて悲しくて、それでいてほんの少し嬉しい、複雑な気持ちになることが少し怖いのだ。
椅子に深く腰かけ、背もたれに体を預ける。朝の涼やかな日に当たりながら目を閉じた。
そうして浸るのは死ぬ前の記憶だ。
何処で間違えた、何処から相手の掌の上だった、どうすれば守れた、どうすれば死ななかった‥‥
何処で、どうすれば、それの繰り返し。正直言って気が滅入りそうになる。だけど、辞められない。
辞めてしまえば、僕はきっと死ぬ前のアレコレを全部過去のことにして、忘れようとする。仲間の奮闘も、彼女との約束も、アイツへの恨みも全部。そんなのはダメだ絶対に。
ダメなんだ。辞めちゃいけない。なのに、今の僕の目蓋の裏には、先日の公園の風景が広がる。子供達の笑顔、それを見守る大人、元気に駆け回るコナンくん達。
消し去ろうとしても何度も蘇る風景に、しだいに苛立ちがつのる。
『くそっ』
「数住?またベランダに居るのか」
『‥‥いつからそこに』
「ついさっきだ。朝は冷える。中に入れ」
風見さんは僕の悪態を聞いていたはずなのに、何も聞かずに心配してくれている。彼も薄着で寒いだろうにわざわざ戸まで開けて。
風が吹き、小さく「さむっ」と聞こえてきた。中から声をかければ良かったのに。
「いつもベランダに居るが何か意味があるのか?」
動かず喋らずの僕にしびれを切らしたのか、話題を変えることにしたようだ。
『それは‥‥』
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