２話 そうだ、カフェに行こう ページ3
「カフェに行かないか？」
朝起きて、半日休みが取れたと言った数秒後にそう誘われた。なんだか呆れてしまって、休んでくださいと言ったのだけど、良いから行こうと強引に連れ出されてしまった。
「有名な探偵に君の記憶について探って貰うことになったんだ」
『その集合場所がカフェなんですね。なんとまあオシャレな』
決まっていた予定ならなぜ１度伺いをたてたのか。
ここだと連れられてきたのは喫茶ポアロというお店。
風見さんがカフェと言っていたのを鑑みるに、時々ある喫茶店を名乗る隠れカフェみたいなものかな。
中に入れば、金髪の店員が綺麗な笑顔で席まで案内してくれた。そこには件の依頼した探偵らしき人が座っていた。
「お待たせしてすみません」
「いえいえ。してそちらがお話にあった？」
『あ、初めまして。数住です』
「ご自分の名前は覚えておられるのですね。私、私立探偵の毛利小五郎です」
『毛利‥‥』
言葉にするつもりのなかった囁くような呟きだったが、警察官、探偵ともども耳が良く、何か思い出せそうかと聞かれてしまった。
『どこかで聞いたような？』
「それはどこか分かりますか？」
『いえそこまでは‥‥』
困った顔をすれば、追求されることなく話が逸れていく。ああ、この探偵もきっと優しい人なのだろう。
それにしても本当に毛利さんをどこかで見た気がする。名前にもやはり少し覚えがある。小説の登場人物だったような‥‥。いやでも見たのはテレビだった気も‥‥。
もしかすれば、前世で見たのかもしれない。
前世といっても、生まれ直した記憶はない。死んだと思ったら路地裏にいたのだ。傷も全て治った状態で、服装はそのまま。失った血液は戻っておらずフラフラ歩く自分は浮浪者にしか見えなかったはずだ。
そこを風見さんに保護されたのだ。
僕は記憶喪失ではない。無駄に良い記憶力のおかげで人生の半分は説明できる。だけど、僕は死んだのだ。疑いようのないほど確実に。こめかみに銃弾を受けて。
それなのに生きているこの奇妙な現状で、自分の身元が分かるような情報は話したくなかった。そうなると記憶喪失を装うのが一番なのだ。もちろん嘘をつく罪悪感はあるが、そんなもの前世で慣れてしまった。それに、情報を開示して、貴方の生きた証は存在しませんでした、なんて言われるのは嫌だ。
それは、必死にもがいてあがいて生きてきた人生を、真っ向から否定されたに等しい言葉だから。
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