10話 また今度 ページ11
『それは、僕の奥さんが日向ぼっこをするのが好きだったから。なので、その真似、みたいな』
「奥さん？記憶が戻ったのか！？」
『その存在だけ』
「いやまて、ということはお前だいぶ前からその事は思い出していただろ」
『すみません』
魔が差した、とでもいうべきか。今まで記憶喪失だと謀っていたものの一部を話した。
話してしまってから後悔する。彼は僕を調べてくれている。奥さんがいた、なんて情報を得て探さないわけがない。現に今も僕の奥さんについて分かる範囲で教えるよう言ってきている。
それは曖昧に誤魔化して、また自己嫌悪に陥る。
詳しく話さないのなら伝えるべきではなかった。なんでこんなことをしたのか。
‥‥彼女のことを知っている人を増やしたかったんだろうなあ。過去の思い出を振り返ろうとすれば、のどかな公園の風景が浮かぶのだから焦りもする。
『本当に居た気がする、くらい曖昧なものだったので。ちゃんと思い出したら話すつもりでした』
諸々にショックを受けたらしい風見さんが、風邪を引く前にと部屋に入り一番にしたことは弁明だった。
『他に思い出したものもなかったから、まあそのうちでいいかなぁと』
「はぁ、今回だけだからな。次からは少しでも思い出したらすぐに話せ」
『善処します』
「徹底しろ。本で読んだだけだが、記憶喪失の者が何かを思い出した時、その事で悩むことがあるんだそうだ。悩む暇があるなら次に進んだ方がいいに決まっている。心を守るためにも、次に繋げるためにも」
『確かにそうですね』
「だから、お前もそうしろ」
唐突にそう言われ目を見開く。気を付けろよ、という話だと思ったからだ。まさか、奥さんについて思い出し、そのことで悩んでいたと思われていたとは。いや、彼女の好きなことをなぞるように同じことをしていたんだ、その結論に至るのは必然か。
「傷のことで思い悩むことも多いだろうが、過去にとらわれすぎるなよ。俺の上司は乗り越えて日々邁進している。彼のようになれとは言わないが、少しは前を向いてみろ」
その言葉にますます驚き、なんとなくこめかみの傷を触ってしまう。彼は僕が記憶喪失だということを信じきったうえで言っている。そのはずだ。なのに、何故こうも的をえたことを言えるのか。
『格好いい言葉ですね』
「む、そんな褒められるようなこと言ったか？」
『励みにはなりましたよ。
また今度思い出したら、奥さんのこと話しても良いですか』
「‥‥ああ」
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