#123 ページ8
「全く。逃げようとするからこうなるんだよ？」
二宮先生が、恐怖と疲労で動けない私を奥の壁の前に座らせた。
気絶したのか倒れたまま動かない翔くんは、戸口の横に横たわったままだ。
先生が、カウンターの向こうの厨房を覗き込んだ。
軽い和食屋さんだったのかな。
私から見て左側に、寿司屋の様に厨房とカウンターがあり、
右側には埃を被った椅子とテーブルが積み上げられていて、狭い店内は時々点滅する白熱灯で照らされていた。
「これこれ。やっぱり用意しておいてよかったよ」
二宮先生が厨房から持ってきたのは、真っ白なワンピース。
「君がここに逃げ込むことは予想できたしね。
まぁ、嘘つき婚約者くんがいるとは思わなかったけど」
そうだよ……翔くん、どうしてここに？
翔くんを見ても、倒れて動かないままだ。
唇をぎゅっと結ぶと、私の視線を遮るように二宮先生が前に立った。
白衣をふわりと広げて、私の目の前にしゃがむ。
私の体がビクッと反応したのを見て、また嬉しそうに微笑んだ。
「全く、こんなに汚れちゃって……」
手を伸ばして私の頬をスルリと撫でる。
一々先生の動作に反応してしまうのが悔しい。
「全身傷だらけ、服はビリビリ、髪もこんなに振り乱して。
可愛いお顔が台無しだよ？ だから……」
そこで言葉を切って、
ボサボサに乱れた私の黒髪を手で一つにまとめ、目を細めた。
それから……
「ッ?!」
……足元に置いていた包丁で、髪をバッサリと切り落とした。
パサリと床に広がって落ちた自分の髪を、何か幻でも見ているような気分でぼんやり眺める。
「ほらね。すっきりしたでしょ？」
顎の辺りで切られた髪が、首の後ろをチクチクと差す。
「それから……この汚れた服も、着替えないとね」
言うが早いか、おもむろに上の服を真ん中から切り裂かれた。
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作者名：琴子
| 作成日時：2017年1月21日 18時
