#138 ページ30
太ももの傷は、深く、そして手当てが遅れたため、完璧に治療することは難しかった。
日常生活に支障は無いけれど、走ったりすることはできないだろう、と。
病院で様子を見続けて三日経ったとき、私の病室に二人の訪問者が現れた。
明るい病室に似合わない、重い顔つき。
「……失礼します」
やっぱり綺麗なお辞儀で入ってきた大野さんのあとに続いて、すっかり痩せこけてしまった相葉先生がドアを閉める。
「まずは、お詫びさせてください」
黒縁メガネに真っ黒な髪、真っ黒なスーツ。
いつもの格好の大野さんは、いつものように、表情を変えずに固い喋り方で私の目を見る。
「警察として……最悪の事態の一歩手前になるまで何も出来なかったこと。申し訳ありませんでした」
台本を読むような、そんな口ぶりで。
後ろに立つ相葉先生は、魂が抜けたようにボーっとしている。
「それから、二宮の関係者として……」
その名前が出た瞬間、相葉先生の眉がぴくりと動いた。
「彼のせいで、全てを変えてしまった。いくら頭を下げても足りません」
「……大野さんは、悪くないです。相葉先生も」
「側にいながら何も気付けなかった。俺たちの責任です」
声も表情も話し方も変わらない。
だけど
『俺たち』というその言葉に、初めて大野さんの感情を見た気がした。
……いや、初めてじゃない。
あの夜。
親友の名前を声がちぎれるほど叫んだあの夜……。
「彼を止められなかったのは……」
大野さんの瞳が揺れた。
相葉先生の服は、あの時のまま変わっていない。
「……あなたに恨まれるべきは二宮だけではない。自分たちもです」
大野さんの手を見た。
爪が強く喰い込み、血が出るのではないかというほど固く握られた手。
彼らは親友の裏切りに、
そして親友の死に、どれほど傷付いたのだろう。
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作者名：琴子
| 作成日時：2017年1月21日 18時
