#121 ページ3
「もしもーし。そろそろ起きなよー」
頭がガンガン痛む。
耳元に響く、ねっとりとした声……。
ぼんやりと目を開けると、彼が私の顔を覗き込んでいた。
「あ、起きた？ おはよう。
記憶戻ったってことは、ここがどこだかも分かるってことだよね？」
楽しそうに笑う顔、声。
全部分かる。
あの時と同じ。
真っ暗な中、崖の側に一台の白い車が停められている。
ただ一つ違うのは、縛られて車のトランクに入れられているのが私だということ。
口にはタオルが巻かれていて、後ろ手に縛られた手と足は全く自由がきかなかった。
そんな私を横抱きに抱き上げて、地面に降ろす。
目の前に広がる光景もやはり、戻って来た記憶と同じものだった。
雲が広がる夜の森。
切り立った崖の上、木々は後方で途切れており眼下には真っ黒な海が広がっている。
「懐かしいねぇ……」
また、嬉しそうに笑う声。
巻かれていたタオルが外され、手足も解放された。
「飛び降り死体が縛られてるなんて、有り得ないからね」
私を飛び降り死体にするつもりか。
嫌だ。そんなの、絶対に嫌だ。
三年前、やっとのことで生き延びた命……こんなにあっさり手放すわけにはいかない。
でも今逃げようとしたところで、すぐに捕まるに決まってる。
少しでも……少しでも相手に打撃を与えられたら。
「できれば自分で飛び降りて欲しいんだけど」
顔をぐぃっと覗き込まれた。
「殺されるか、自分で死ぬか、どっちがいい？」
私が答えないでいると、
「仕方ないな。殺してあげるよ」
心底嬉しそうに笑って、また私の体を抱き上げた。
何の迷いも無い歩調で崖の端に歩いて行く。
少し考えて……心を決めた。
これは、賭けだ。
自分の命を賭けた大勝負。
黙っていたってどうせ殺される……それなら一か八か、やってやる。
「それじゃ、さような……」
私を海に放り投げようとした瞬間に、
彼の首にしがみ付いて海の方に思いっ切り引っ張った。
そう……二人一緒に、崖下に落ちるように。
「クッ！」
間一髪、彼が気付いて体勢を変えた。
自分もろとも落ちようとした私を、海とは反対方向に振り払う。
「うっ……！」
あなたの運動神経に賭けて良かった。
森の方に振り落とされた私はそのまま草むらの中に飛び込んだ。
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作者名：琴子
| 作成日時：2017年1月21日 18時
