勿忘草の丘 ３.【オリジナル長編小説】

116話 アルバイターの帰宅時間 ページ26

【雷華 視点】



「お先に失礼しまーす！」

「はーい、お疲れ様」



ガチャリ、と静かに扉を閉め、私は埃のような雲に覆われた空を見上げる。

Aの母親がクラーレさんだと知った翌日、私はいつものように喫茶店でバイトをしていた。

５月に近づく暖かい風が、私の赤茶色で短めになった髪を舞い上がらせる。短いって言っても、

髪の長さは百合亜とAの中間くらいだけどな。昔はもっと長かったんだぜ？

私は荒澤町の汐浜区にある喫茶店、フェーリエンで働いている。

そこの店長とその娘さんは私達と同じあっちの世界出身。もう６０の爺さんが店長をやってて、

可愛い孫も二人いる。昔は色々あったけど、今となっては店長は幸せ者だ。

ひび割れかけたアスファルトに転がった、藍と白と茶が混ざった様な小石を蹴り上げ、雲ひとつ

ない青空の南に高く上がった太陽を見上げる。今日も眩しくて直視出来ないぜ。

同じ地区にあるアパートの２０３号室の前まで歩き、共に暮らす紗羅の名を呼ぶ。

そうすれば、紗羅はすぐに鍵を開けてくれる。



「ただいまー！」

「おかえり。ゆり姉から電話で、近いうちにお仕事があるから準備しといてだって」

「ええええええ」

「澪達の初仕事よ？ 文句言わないの！」



近いうちにあっちに戻るってことだろ！？

冗談じゃねぇ、折角バイトで店長の孫に会えると思ったのに。

確かに澪達の初仕事っていうのはめでたいけど、急に言われたりするとひじょーに困る。

バイトの予定合わせとか、買い出しとか、とにかく面倒なんだ。

いつもそんな感じでやってきたんだけどな？



「そもそも、魔法使いじゃない私が仕事に首を突っ込んで、何の役に立つんだよ」

「らい姉には持ち前の身体能力があるじゃない。ナイフ一本で戦えるし」

「なら世羅の方が断然有利だろ」

「せ、戦闘力はあっちの方が上だけどさ…… ほら、世羅って初対面の人には怖いじゃない？」

「アレンが言ってたけど、Aの時はあんまり警戒してなかったらしいぜ」

「え」



魔法使いの仕事に普通の人間は必要ないだろう、私はそう言って紗羅に対抗する。

少なくとも私は正真正銘の人間で、ただ並より身体能力が高いだけだから、世羅なんかと比べれ

ば私なんかひよっこ同然だろう。

紗羅達は世羅の事を人見知りだとか、警戒心が強いとか言うけど、Aと会った時は警戒して

なかったらしいぜ。A自身に、何か不思議な力があるのか？

それとも……

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