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『当時18、私より年下の彼、太宰は、私の希望でした。だからその日、私は唯一の希望を失ってしまったんです』
太宰、その響きが耳に残った。
声は違うのに、残ったそれは、かつて織田作之助が太宰を呼んだ響きに似ていた。
Aの話を聞きながら、ほんの少しだけ、太宰はその懐かしさを噛み締めた。
『希望を失った私の体は、鉛のように重くなりました。でも日本国の戦力として、私は前線を退くわけにはいかなかったんです』
戦争に犠牲は付き物だ。どんな最期であっても、それを悼む時間などない。
太宰が戦死でなかったとしても、それを理由に武器を下ろすことはできなかったのだ。
『思い通りに動かない体で、かろうじて生きていました。人員は補充されず、私たちは二人で闘い続けました』
でも、と声音が変わるのを太宰はしっかりと感じた。
絶望しかなかった彼女の世界に何かが起きた、この変化はそれを示していた。
『ある日突然、予想もしていなかった奇跡が起きたんです』
「それは、どんな奇跡だったんだい?」
太宰の返しに、Aは小さく頷いた。先と違い、少しだけ希望に満ちた瞳。出会ってからよく見た、彼女のいつもの目だった。
『私の前に作之助が現れたんです』
「織田作が?」
『彼は私に提案をしました。死んでしまった自分の代わりに、あちらの世界に行かないか、と』
ありえない話だった。
しかし、目の前には本当に織田Aがいる。それだけで、太宰にとっては信じられる話になっていた。
太宰を失い、嘆いたA。
作之助が死に、友人を失った太宰。
双方の気持ちを理解していた作之助だからこそ起こすことができた、奇跡だった。
『とはいえ、悩みました。たった一人だったとしても、私がいなくなったらこの世界はどうなってしまうか心配だったんです。
でも、残った私の部隊の一人がそれを許してくれたんです』
もう、誰だかわかりますよね?、とAは云う。
太宰もわかっていた。彼女の世界は、彼の世界と似ていたから。
『坂口はきっと、このままだと私が死んでしまうことに気づいていたんです。だから私があの世界から逃げることを許してくれました。
そして私は作之助に導かれるまま、こちらの世界に来たんです』
彼女の部隊の残った一人は、太宰の世界でいう、坂口安吾。
織田と太宰と坂口。彼ら三人は、世界線を越えても結ばれていたのだ。
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碧 - 感動しました!完結おめでとうございます! (2018年11月18日 15時) (レス) id: 1914631717 (このIDを非表示/違反報告)
ANN(プロフ) - 感動しました。感動しました。完結おめでとうございます(*>∀<) (2018年11月18日 15時) (レス) id: 0ad3bbb3df (このIDを非表示/違反報告)
あーやんの向日葵畑(プロフ) - 完結おめでとうございます(^-^) (2018年11月18日 13時) (レス) id: e1d97e38a0 (このIDを非表示/違反報告)
あーやんの向日葵畑(プロフ) - すごい、こんなに感動したのは久しぶりです。 (2018年11月18日 13時) (レス) id: e1d97e38a0 (このIDを非表示/違反報告)
琴吹(プロフ) - 最高でした。 (2018年11月18日 12時) (レス) id: 0c8e621b62 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ろろみや。 | 作成日時:2018年11月17日 23時