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「三つ目の願いなんだけどさ、何も思いつかなくて」
だから、と告げて連れてきたもう一人に、Aは酷く驚いた顔をした。
「鏡花ちゃんに湯豆腐を食べさせてあげたいんだけど、いいかな?」
『……ああ、構わないよ。それが君の願いなら』
その表情に見覚えがあった。
笑っているのにどこか泣いてしまいそうな、初めて出会った時と同じ。
どうしてそんな顔をしたのか、敦にはわからないが、Aはすぐにいつも通りの笑顔に戻した。
もう何度も見てきた、眩しいほどの綺麗な笑みに。
『うん、そうだ。ここにしよう。この店に来たことはあるかな、泉鏡花』
「ある。何度か」
その場所は、敦と鏡花が出会ったばかりの頃に来た店舗。
その頃は色々とあったが、思い出の場所と言えるだろう。
座敷へと入り、お目当ての湯豆腐が運ばれて、口をつける。
顔を合わせてまだ三日しか経っていないけれど、敦にはAが何だか静かなように感じた。
「ねぇ。貴方はただの一般人じゃないでしょ?」
その言葉が、たった三人しかいない個室に響いた気がした。
最初から思っていなかったわけではない。
ただ、彼女は本当に優しい表情をする人だったから、敦も核心をつくことをしなかったのだ。
鏡花に好物を食べさせてあげたいのはもちろんそう。
だが彼女をここに連れてきたのは、最後の願いを叶える今日、Aが何者なのかを問いたかったからだ。
『ほう。その根拠は?』
鏡花の思い切った質問に、もう少し気圧されるものだと思っていた。
だがAは逆に、彼女から一切目をそらさずに問い返した。
「貴方はさっき、私の苗字を言った。探偵社員になりたてで、自己紹介もしていないのに」
組合の件で、新聞の記事になった敦はともかく、鏡花の名を知る人はそういない。
その上、一般人と言うなら尚のこと。
根拠にならないかもしれないほどの、細かな着目点。
でもそれが、敦の知る限りで彼女が唯一ボロを出した瞬間だった。
『……貴方ならそこに気付くと思いました、鏡花さん』
「……A?」
『最後の願いを叶える今日、話さなければならないことがありました。ですからそのきっかけにしたかったんです』
口調、そして雰囲気までが一瞬にして変わった。
まるで別人がそこにいるような感覚にとらわれた。
『私は貴方がたを救うためにここへ来ました』
ゆっくりと口が開かれて、空気が揺れた。
『私は中島A。十五年後の未来から来ました』
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砂木雲雀 - 感動しました…!久しぶりにとってもいいお話を読めた気がします。ありがとうございましたぁあ…!!! (2019年6月23日 14時) (レス) id: f363e24a01 (このIDを非表示/違反報告)
真綺 - めっちゃ感動しました!! ありがとうございました!! (2019年6月23日 13時) (レス) id: 06efcbf80c (このIDを非表示/違反報告)
柊まふ(プロフ) - とても 泣きました……!神作品を、ありがとうございます (2019年6月23日 12時) (レス) id: 9a5360aa7e (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:ろろみや。 | 作成日時:2019年6月23日 2時