【d!】さざ波が立つ【合作企画】 (ページ21)

今日:9 hit、昨日:1 hit、合計:4,936 hit

↓ ページ21

夏の夜はとても短い。あっという間に闇を光が包むから。彼のバイクの背に乗り、連れてこられたのは街灯すら見当たらない山奥だ。
　無言の彼に導かれ、私もまた無言で足を進める。

「つきました」

　沈黙を破ったのは彼の方だった。山奥の開けた場所に聳え立つのは展望台。まさか軍事基地の裏の山にこんなところがあるとは誰が思うことか。

「……よく知ってたね」
「前はここによくお世話になったんで」
「野宿してたの？」
「ちゃうわあほ。そうじゃなくって見張り番してた時サボってここで寝てたんすよ」
「一応私先輩だけど、その件報告していい？」
「だめ」

　はいはい、と随分と舐められた私は彼の手を繋ぐ。自分より体温が冷たそうなこの男だが、そんなことはなかったらしい。しっとりと汗ばむ腕が互いにくっついて、変に夜のことを思い返してしまう。

「今えろいこと考えてた？」
「考えてないから！…ほら、早く登るよ」
「そんな否定せんでも…はいはい。足元は気をつけてくださいね」

　やはりどこか皮肉混じりの彼にエスコートされて私は展望台に立つ。そして何となく彼がここに連れてきてくれた目的を見るために、顔をあげた。

「わぁ、」

　月のない夏の夜の空。見上げてまず目にとまるのは、輝く二つの星。その輝く星の間を雲のような長い光の帯が流れている。そして星空を映した一面の海。

「こんなに、眩しい天の川…初めて見た」

　不思議なほど明るく、まるで地平線からたちのぼるけむりのようにも見えた。不気味な夜の海も星空に彩られて美しい輝きを放っている。

「すごいっすよね。一つ一つはそこらの石ころと変わらないのに、集まったらあんなんになるなんて」
「石ころって…ふふ、そうだね」

　笑った私を見る彼の顔は柔らかい。そしてそんな彼が口を開く。

「俺、感傷とかそんな心持ち合わせてないんすよ」
「あー…っぽいね」
「星空見ても、あぁ光がうざいなぐらいしか思わんくて」
「うん」
「でも、あんたが俺の側に居ってくれるようになってから…少しだけ慈愛みたいなもんが分かった気がするんです」
「…うん」
「大した言葉も伝えられなかった俺にあんたはずっとついてきてくれた。それどころか俺を支えてくれていて。
素直になれん俺のこと理解してくれた。だから俺はこの先、いつ死ぬか分からんけど…それまであんたとたくさんの夏を過ごしたいなってそう思うんです」

　三度目の夏は不器用な彼が初めて本心を伝えてくれた夏だった。