【d!】さざ波が立つ【合作企画】 (ページ18)

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少し話さない、と誘いを受けて彼女についていく。祖父の家から五分ほど歩けば潮の匂いがして、ひとらんは目を瞬かせた。

「海？」
「そうそう。昔一緒に遊んだの覚えてる？」

　遠い記憶に浮き輪を持ったまだあどけないAの姿を思い出して、ひとらんは頷いた。その返答を待ってましたと言わんばかりに彼女は持っていた袋から何かを取り出す。

「じゃじゃーん。見てみて、これ線香花火！」
「わ、いい年してまだ花火とかで遊んでるんだ」
「いつになっても花火は綺麗でしょ」

　ぶすくれた顔で彼女が呟く。それもまた一瞬で鼻歌混じりに彼女は暗い夜の海に近づいた。

「…それにしても久しぶりだね。急に帰ってきたのって何か訳あり？」

　線香花火に火を着けた彼女は海に近づくために階段を降りて、下から見上げるようにひとらんへ視線を寄越す。Tシャツから無防備に見える鎖骨を見ないようにしてひとらんもまた階段を降りた。

「自然を感じたくて」
「なるほど、ここは自然しかないもんね」
「でも本当にいいところだよ。あったかい食事久々に食ったもん」
「普段どんな生活してるの…？」
「あ、違うよ。何か一人で食べる味気ないご飯だったからさ、大勢であんなに楽しくご飯食べることがなかったんだ。だからなんていうか、あったかいなって」
「あー…そういうこと。一人ってことは彼女とかいないの？」
「残念ながらね」

　ふーん、そうなんだと呟いたAの声色が少しだけ高くなる。ひとらんもそれを感じていて「そういうAはどうなの」と聞いた。

「島には若い男の子いないからね。下は16歳、上は42歳。男として対象にならないの」
「ははっ、島暮らしも大変だ」

　Aは線香花火を見つめたまま頷く。
花火の玉が膨らみ、今にも落ちそうなのに、絶妙なバランスで光の線を落としている。懸命に輝く小さな花火を見たまま彼女は、ねぇ、とひとらんに声をかけた。

「また来年ここに来てよ」

　線香花火が、落ちる。
先に落ちたのは、ひとらんらんのもの。

　夜の海が音と共に波を立てる。頬を染めた彼女が小さく笑う。

「来年の夏、またここで待ってるから」

　その言葉にひとらんは、有給使えるかなぁと呟いた。