マジックアワー【安井謙太郎】［完結］ (ページ1)

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交差点で、信号が青信号に変わっても、私はそれをぼーっと眺めていた。

婚約破棄

たったその四文字が頭に浮かび、心に深い影をつくる。

好きな人ができたんだって。言うなら早い方が良いと思ったんだって。なにそればかじゃないの。好きな人、ってなんだよ。学生の恋愛じゃないんだからさ。お前の覚悟はその程度だったのかよ。私の存在はその程度だったのかよ＿＿＿。

信号がまた赤になる。

そんな突然のカミングアウトを受けて、そのまま家を飛び出してきた。怒りとか悔しさとか、なんかそんなもんじゃない感情が込み上げてくる。
婚約者を失い、同時に家も失った私は、文字通り路頭に迷っていた。

雨が降っているなか、傘も持たずに飛び出してきた私は、信号が青に変わってもその場に立ちすくむ。

.

「青なのに、渡らないの？」

声をかけられて、私が横を向くと同時に、その人が自分の傘を私の方に傾ける。

髪が明るめの、顔立ちが整った男の人だった。

「どこに行けばいいかわからなくなっちゃったの？」

うん、って頷く。

「じゃあ、オレと一緒だねぇ…」
立ち止まったまま雑踏に飲み込まれながら、小さく呟く。ひとりごとだったかもしれない。私は、聞こえないフリをした。

無邪気な笑顔で、目の奥に冷たい光を宿す人だった。

「あ、赤になっちゃった。笑」
その人が、私を見て笑う。私もほんとだ、って笑った。