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申し訳程度に昼休憩のベルが聞こえ、ふと意識を浮上させる。もうそんな時間か、と体を動かそうとして関節が錆び付いたみたいにギシリと痛む。何時間も同じ姿勢で資料を作っていたせいだろうか。
椅子の上で軽く体を伸ばすが、いまいち疲れも取れない。こういう時は少し歩いた方が治りも早いと思い、席を立ってコーヒーを買いに行くことにした。
「お前、杉元達と会ったろ」
その筈だったのに、何故私は、尾形に詰め寄られているのだろう。自分を覗き込む目は疑いを孕んでいて、いつにも増して黒く見えた。
「ああ。お前の同級生だと」
「彼奴らの何処に接点がある」
「昔の知り合い。……なぁ、コーヒーを買いに行くつもりだったんだが、」
「駄目だ。何を話したか言え」
逃げ出そうにも後ろは壁だし、相手が至近距離にいる以上は何をされるか分かったもんじゃない、下手な行動はしない方がいいか。
でも、内容が内容だ。尾形だって、自分の悩みを勝手に相談されたと知ったら、いい気はしないだろう。
「言えないような事か?」
怒気を含んだような低い声に顔を上げると、口角は上がっているのに、目だけ笑っていない顔がそこにあった。初めて見る表情に、体が粟立つ。
「……お前の、発作のことを話した」
一瞬躊躇した後、口を開いた。尾形の表情が失望に変わっていくのが手に取るように分かって、苦しくなり目を伏せた。
「軽率だった……ごめん」
「発作」が尾形の知られたくない秘密であることは、十分に理解している。でも、あの二人に会った時、原因を話し合ってる中で、語られなかった尾形のことをもっと沢山知れるんじゃないかと思った。
現代でのことも、明治のことも。
「そうか」
暫く間があって、尾形は無感情に呟いた。
途端に、暗かった視界が晴れる。どうやら尾形が退いてくれたらしい。ため息を零して髪を撫で付ける姿は驚くほど「いつもの尾形」で、一瞬安堵すると同時に不安が湧き上がる。
「……別に怒っちゃいねぇ。俺だって治し方があるなら知りたいからな」
尾形が言葉を紡ぐ度に、落ち着いていくのがわかった。さっきまではあんなにも息を詰めていたというのに。
「ただ、男二人と飯に行ったってのは面白くねぇ。上書きさせろ」
「はぁ……どうやって」
「そうだなァ、なんか飲みもん奢ってもらうか。それでチャラにしてやる」
「随分安上がりだな」
「初回サービスだ」
尾形は流し目でニタリ、と笑った。
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−(プロフ) - わ〜!!!!そう言って貰えると励みになります!!!!!ありがとうございます!!!!! (2021年10月29日 20時) (レス) id: abbb997ccd (このIDを非表示/違反報告)
桜忌(プロフ) - めっちゃ好きです。これからも続き楽しみに待ってます!! (2021年10月29日 1時) (レス) @page8 id: 542ce05019 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:− | 作成日時:2021年10月17日 22時