第三十九訓 ページ40
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銃弾が身体を貫き、ゆっくりと崩れ去る椿。
目の前の光景に頭の中が真っ白になりAはただ呆然と立ちすくむ事しか出来ずにいた。
「滑稽だな椿!!誰かの盾になって死ぬなんざお前の最期にはぴったりじゃねえか!!」
Aの中に抱かれた憎悪の念が爆発的な殺意へと変わった瞬間、男は血しぶきと共に地面へと崩れ落ちる。
その男を殺す事に何の躊躇も戸惑いもない、Aはその時はじめて憎しみだけで人を斬った。
「……A」
自分を呼ぶ弱々しい声にハッとする。
駆け寄れば、傷口から溢れて止まらない血の多さに、椿はもう助からないのだと悟った。
悲しげに曇るAの顔にそっと添えられた椿の手。
「なんて顔、してるのよ……
礼のひとつも……出来ない訳?」
「冗談じゃない、こんなのちっとも有難くなんかないよ……」
こんな思いするくらいなら自分が撃たれた方がよっぽどマシだ……
「あんたが無事で……ほんとに、よかった……」
断続的な呼吸、掠れる声……
自分の頬に添えられた手をぎゅっと握る。
「A……」
───────アリガトウ。
あたしが死んだら悲しいと言った、Aの言葉がどれほど嬉しかった事か。
それだけで、あたしは笑って死んでいける……
風が吹き、かすかに揺らぐ髪。
力無く頬から離れた椿の手。
眠るように穏やかな死に顔は、頬のあたりに微笑を浮かべているように見えた。
声にならなかった『ありがとう』の言葉。
「それはこっちのセリフだよ……」
動かなくなった椿の身体を、Aは力いっぱい抱きしめる。
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作者名:百瀬 | 作成日時:2020年7月11日 0時