第三訓 ページ4
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「ッ馬鹿!早まるんじゃねぇ!」
手を伸ばすが時すでに遅し。
ザン────ッ
それはたった一瞬の出来事だった。
はらりはらりと地面に落ちていく髪。
ただ呆然と傍観する事しかできない一同。
彼女の長かった髪は自らの手によって無惨にも地面へと切り落とされた。
「んな……ッ」
思わず言葉を失う一同に、女は態度を変えることなくたんたんと言ってのける。
「これでも、チ○コでしか男の証をたてられないような奴よりは武士のつもりです」
そう言ったまばたかない強い目が、まっすぐとこちらを見る。
燃え上がる炎のようにも、差し昇る太陽のようにも見えるその瞳────
必死なのに静かな目。
その奥に秘めた何か強いものを感じ、その女から目が離せなくなっていた。
「あんた、その髪……」
「女だから認めていただけないと言うのであれば、私はこの髪になんの未練もありません」
────髪は女の命
昔、芸妓に腹を立てた侍が命を取る代わりに髪を斬ったという話を聞いたことがある。
なんのためらいもなくその命を切り捨てた、この女の入隊を断わる理由はどこにもない。
しーんと静まり返る道場。
最初に沈黙を破ったのは近藤の豪快な笑い声であった。
「こりゃ参った!俺の負けだ!」
何とも嬉しそうな顔で自身の負けを認める近藤に、思わず拍子抜けする。
「Aちゃん、だったかな?
君には一本取られたよ」
目線を合わせニカッと笑った近藤の大きな手がAの頭を撫でる。
「待ってくれ近藤さん……!」
「トシ、俺はこの子の心意気に惚れたんだ
ここまでの覚悟示されて何を迷う必要がある?」
(でもこいつは女だぞ)
近藤の何かを確信したような力強い微笑みを前に、土方は言いかけた言葉をのみこんだ。
疑う事を知らないこの人がそこまで言うのなら……
「……ったく、わかったよ」
観念の目を閉じ、口元に微笑を浮かべる土方。
「女だろうがガキだろうが容赦はしねーぞ」
土方のその言葉を聞いて、Aの表情はパアっと明るくなり、笑うと女の愛嬌がその小さな顔いっぱいに溢れた。
「……ありがとうございます!」
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作者名:百瀬 | 作成日時:2020年7月11日 0時