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さくらいろ ページ15




またもう一季節まわって、今度は桜の花びらが舞っては窓に張り付く季節が到来した。


「 卒業おめでとう、泉 」

「 あんたもねぇ、A。卒業おめでとう。 」


長かった季節は過ぎて、とうとう彼女は病室を出るらしい。完全に治ったわけではないのだが、かなり体調が回復したと聞いた。


「 ついに、ここから出られるのかあ 」

「 うん 」

「 なんか実感わかないなぁ 」

「 もうあんたの家はここじゃないんだよ 」

「 …ふふ、うれしいね 」


海を見たときと同じ笑みだ。今も忘れられない、笑み。どうしたって彼女から笑顔が欠落することはなかった。だから、安心した。どんな時も、あいつは笑っているという事実に。安心していたんだ、辛いときだって笑っているから、大したことないって思ってしまったんだ。本当は計り知れないくらいの痛みを抱えていたのにも関わらず、一番近くにいたのにも関わらず、一番遠いところにいる気がしていた。

安心していたんだ、彼女は幸せだと。
どんな時も笑っているから、だから、大丈夫だって。聖書のページを捲ることが少なくなった彼女は、もう神様に翻弄されることがないと。

気づいてしまった。彼女は、 幸せ を探すために聖書の表紙に触れていた。緋文字。魔女裁判の話だった。十字架に括り付けられているのにも関わらず、あいつはいつも笑顔だ。いつ首を切り落とされて、いつ足元からじりじりと焼き尽くされるのかわからないのに、あいつはいつだって幸せそうだ。

幸せを見つけたんだって気付いた。

彼女は幸せかって、俺は果たして幸せなのかって自問自答するうちに、そこはかとなく気がついていたのではないか。自分で探し出したこの答えに後悔なんてしないから、だから、



どうか、幸せであって




あんたの真似してみたんだ、だいすきなあんたに、恋に落ちた瞬間の真似。だいすきな台詞。幸せを乞うたあの教会。今はもう咲いていない向日葵。既にのたれ死んだ蝉、それと焼け尽くすような太陽。それとあんたと俺の気持ち、少しだけの罪悪感、

全部全部含めて愛して、これを綺麗事と纏められないように、全部に罪悪感を残せないように出来たのなら。隙間を埋めて、なくなったピースを見つけて、しろいしろいパズルを完成させて、それに海の絵を描いて、もうどこのパーツかわからなくならないようにする。


受け取ってよ、俺の神様。




「 これ、海の見える部屋の鍵 」




また一粒、また一粒、これだけ大泣きした彼女を見るのは初めてだ。





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作者名:ねむい | 作者ホームページ:   
作成日時:2018年4月25日 5時

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