アルフェラッツの傾慕【瀬名 泉】

25 ページ25

，




「 でもな、瀬名 」



「 なぁに 」



しばらく波を見つめていた彼女の手をぎゅっと掴んだ。大丈夫、彼女は今ここにいる。



「 アルフェラッツは秋に見えるアンドロメダ座の星なんだ 」



「 今言っても意味ないじゃん 」



「 確かに 」



また歩き出そうとする彼女の手を引っ張る。後ろに倒れかけた彼女は不思議そうに俺を見つめた。丸い瞳が背後の星の輝きを反射している。



「 見え方、教えてよ 」



「 ん？あぁ、アルフェラッツはあっちの方の空に… 」



「 そうじゃなくて 」



引き寄せた。月の引力にで起こる潮の満ち引きみたいに。少し動けば唇が触れそうな距離まで。




「 来年の秋にでも、また教えて 」



「 らい、ねん… 」



年を越えれば、俺たち三年は“ 卒業 ”という言葉を目の当たりにすることになる。そんな中、“ 来年 ”は未来を繋ぐ言葉。


彼女の体は名残惜しそうに離れた。間に潮を含んだ風が流れる。肌が少しだけピリっとした。




「 来年、私はもう走れない 」



自分の足を見下ろした彼女はそう呟いた。



「 それでも瀬名は、私と一緒にいてくれるのか 」



そういえば、彼女に初めて惹かれたのはその走りだった。周りの人たちだって、彼女が走っている時だけ、いい記録を出した時だけ。彼女と仲睦まじくしていたのはそんな時だけだ。彼女が考えていることがわかる気がする。“ 自分から陸上をとったら何も残らない ”



「 走れるよ 」



才能の塊でもあるのに と苛立って彼女の背中を押す。それに気付いていないだけ。どれだけ嫉妬されて、どれだけ他人があんたのことを羨んだのか。そんなことに気付いていないままなのはあまりにも贅沢。


彼女の足は一歩、また一歩と踏み出して、ペースを生み出していく。目の前のスプリンターの背中はどんどん小さくなって、自分から押したにも関わらず離れていかないで と手を伸ばした。



「 いずみ 」



立ち止まった彼女はくるりと振り返って呼ぶ。




「 泉も、おいでよ 」



砂浜に残った彼女の足跡に、自分の足跡を被せるように走り出した。




，

26→←24

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す