◇ ページ19
「私、もう行かなきゃ」
「ええ、もう行っちゃうの?雨強くなってきてるのに」
「タバコで喘息が出そう」
無意識に零した弱音は君の手をもう二度と離さないようにするためだったのか、ただ単にひとりが寂しかっただけなのか、今ではもうわからないけれど。
「まっ、て、もうちょっと」
少し濡れた手、それから安心するほど温かくて、昔日家族に握ってもらったときみたいに安心する感覚。一瞬止まった雨音はアスファルトに跳ね返され始めた。
ぐちゃぐちゃになっていく心の中と裏腹に、俺のふたつの目はずいぶんと嘘つきだ。
うれしくて、かなしくて、やりきれなかった。身体の外に出したら本当になってしまう気がした。辞書の言葉じゃ表せないくらいに、熱い。熱い、けど、冷たい。
空は、地球は、割れてしまったのかもしれない。
「……また落ちたね」
「怖くないの?」
「私たちにイライラする時があるみたいに、空にだってきっと気分はあるよ」
切ない、とっても切なくて、君のこと大切にしたいなあなんて思う。酸素が薄くなる。優しくない世界と、あの時と同じ言の葉。
.
「俺が生まれた時、何もかもが始まって、ただ一度きり。たった一度きりAと歳をとっていけたなら、そんな幸せってなかったんだ」
地球から余ってしまった空気だけを集めたみたいに、いつも、とても息苦しい。
たとえばいい音楽を聞いて、いい絵を見て、言葉に出来ないくらい綺麗な景色を見て。たとえば、ずっと君のそばにいたとして。“慣れ”のように、当たり前じゃないことが当たり前になる。たとえば君のいる時間だけを永遠に繰り返したとして、俺を人生のメンバーから外してくれないとこ、神さまはどうかしてる。たとえば、俺がもう、いなくなったとして。
よれよれになった新聞紙の文字がぐしゃぐしゃ滲んでいく。遠雷が、鼓膜まで震わせた。割れてしまったのだろうか。
「俺、あんたをまた探してもいいのかなあ」
こわい。寒い、こわい。怖い、怖い。
どこからか嫌だよって聞こえてきた気がして、花束を落としてしまった。空気しか掴めない手のひらはきっといつか、本当に空っぽになってしまう。その瞬間が怖くて、身の震えを止まぬ雨のせいにした。
「__踊って、ください」
お願い、俺の骸を抱きしめていて。
熱の灯らない手を、ずっと握っていてよ。
ゆらゆら。ゆらゆらする。覚束無くて、ゆらゆらふらふら。
亡骸を、空っぽになってしまった俺をもう一度抱きしめて。骨の髄まで愛し抜くことは出来ないかもしれないけれど、心の奥まで、全部一緒に抱きしめてください。
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作者名:ねむい | 作者ホームページ:
作成日時:2019年8月26日 19時