検索窓
今日:3 hit、昨日:1 hit、合計:15,846 hit

ページ17

.

手を伸ばしても、届かない。ありきたりなドラマの、それこそさっまで撮影していたような、そんな比喩ではなくて、もっと遠いところ。

「ねぇ、」

返答が無い、その事実に触れるのが怖くて、あとに続く筈の言葉は泡となって消える。ぱくぱく。まるで、陸に打ち上げられた魚みたいに息苦しい。
這い上がる恐怖の波に抗えなくて、引きずり込まれるようにして意識が墜ちる。


「(ごめんね、最期まで君に届かなくて)」


指先を掠めるのは、ただ冷たい、何か。


× × ×

「…ちょっと、英智くん!?大丈夫?」

ふと、温もりを感じた。この状況は何?どうして、君は僕の手を握っているの?

「すごく、魘されてたよ?あっ、ええと、この手はほら、何か必死に手を伸ばしてたから、つい…?」

あわあわと慌てる君を見て、漸く理解した。これは、ぜんぶ夢だったのだと。…全く、気分が悪い。

「ふふっ、Aちゃんらしいね。ありがとう。でも、もう大丈夫だよ。」
「そういうときの英智くんは大抵大丈夫じゃないんだけどなぁ?」

ジトリとした目線を送る君は、ひとつ息を吐いて離れる。

「ねぇ、Aちゃん」
「うん、どうしたの?」
「……いいや、なんでもない。」
「なにそれ、やっぱり何かあったでしょ?」

一転、心配そうに僕を見る君。芝居と同じくらい真剣な瞳に、つい言葉を溢しそうになるけれど、誰だってこんな話聞きたくないからね。

「本当に、なんでもないよ。それより、Aちゃんはどうして此処に?」

少し強引に変えた話題にまだ納得していない様子だけれど、それ以上踏み込むことはなかった。君は随分と引き際が良いよね。まあ、そんなところにも惹かれたのだけれど。なんて関係ないか。
それと、もうひとつ、最近わかったこと。君は仕事が有ろうと無かろうと起きるのが早い。時間があればあるだけ、台本に向き合っているんだとか。現に、二人でも広いくらいのベッドの片側は、ひんやりしている。君が此処にいる理由は純粋に気になった。

「そうだ、用事があったから、そろそろ起きる頃かなって思って様子を見に来たの。まあ、それどころじゃなかったんだけどね。」
「うん?今日は何かあったかな。」
「いや、大した用事じゃないんだけど。ほら、今日は揃ってお休みだからね、」

ひらひら、と見せたそれは、読み込んだ形跡のある台本。僕たちの初めての共演作。

「良かったら、少しだけ付き合ってくれないかな?」

……道化の彼ほどではないけれど、あまり人前で見せることのない、すこしだけ不安を滲ませた微笑みを浮かべた君は言った。

胎内回帰/朔間凛月→←◇



目次へ作品を作る感想を書く
他の作品を探す

おもしろ度を投票
( ← 頑張って!面白い!→ )

点数: 9.9/10 (38 票)

この小説をお気に入り追加 (しおり) 登録すれば後で更新された順に見れます
34人がお気に入り
違反報告 - ルール違反の作品はココから報告

感想を書こう!(携帯番号など、個人情報等の書き込みを行った場合は法律により処罰の対象になります)

ニックネーム: 感想:  ログイン

作品は全て携帯でも見れます
同じような小説を簡単に作れます → 作成
この小説のブログパーツ

作者名:ねむい | 作者ホームページ:   
作成日時:2019年8月26日 19時

パスワード: (注) 他の人が作った物への荒らし行為は犯罪です。
発覚した場合、即刻通報します。