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二人の間に居座る沈黙が、きりきりと体を縛り付けるように感じる。あのまま流れで駅まででもお送り致しましょうか、と言い出してくれたのは彼だった。学校から駅まではそれほど距離がある訳ではないけれど、彼が「初めまして」と返した理由を朧気にでも掴めたらいいと思ったし、まず向けられた親切心を断る理由も思い浮かばない。
──今日は、少し肌寒いですね。
そんなことを彼が零すと、その言葉通りに夏にしては冷たい風が通りを吹き抜けていく。通りの街灯やら店頭の灯りも、傘をさそうか迷うくらいの弱さの雨のせいでか少し滲んで見える気がする。真っ黒な空とは対照的な柔らかい明るさが蛍のようだ。
「宜しければ、どうぞ」
上から影が落とされる。
声のする方を見上げれば、彼はこちらに夜空と同じくらい真っ黒な傘を傾げていた。傘をささなくても別段困らないくらいの雨であったが、ここでもやはり向けられた親切心を断る理由もないのだ。
「ありがとうございます、お言葉に甘えて」
「いえいえ、お礼を言われる程のことではありませんよ」
また二人共黙って小雨に滲んだ駅までの道を歩く。彼は沈黙を作るような人だったか妙に引っかかる部分があるけれど、下手に私から話を振るのも気が引けてしまうのでそのまま黙って通りの灯を眺めながら足を進めた。段々と人の流れが多くなって、目的地が近づいて。
いよいよ屋根のある場所に入って彼が傘を閉じて、「どちらの方面の電車に乗るんです?」と聞かれて初めて、私は体の中からひゅうっと冷えていくような感覚に襲われた。
「……えっ、と」
頭が真っ白になる。また不思議そうな顔でこちらを見遣る彼の顔がぐにゃぐにゃに曲がる幻覚まで見えてきそうだ。けれど絶対に認めたくない。認めたくないけれど──。
「……では、この日々樹渉から特別な夢の時間を差し上げましょう」
ばちん、と盛大な音を立てて閉じたばかりの傘を再び開く。紳士に「失礼しますね」なんて断りを入れられ頷く間もなく腰を抱かれて、ぐいっと持ち上げられたものだから足は宙に浮く。
そのまま彼が二、三歩踏んで、やがて彼ごと宙に浮く。
「貴女もそろそろ、お気付きでしょう?」
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作者名:ねむい | 作者ホームページ:
作成日時:2019年8月26日 19時