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肆拾弐 “〃 (4)” ページ48

「其奴の事を憎んでいるか?」




意外な問いに私は目を開けてゆっくりと顔を上げた。彼は相変わらず真剣な表情をしているが心做しか苦し気で泣きそうでもあった。




『正直に云えば憎むべきだろう』




その答えに彼は唇をきつく閉じて俯いた。
ああ、そんな表情をしないでくれ……
彼が何かを云う前に私は直ぐに、でも、と言葉を続けた。




『彼奴は彼奴なりの理由があった。私は彼奴を扶ける事が出来なかったし、大切なモノも奪ってしまったんだ。憎む資格は無い』


「そんな事……ッ」



バッと効果音が付きそうなぐらい勢い善く顔を上げ、私の肩を両手で掴んだ彼の目には薄らと涙が浮かんでいた。
彼は優しい。優しい故に感情移入し過ぎるのかも知れない。


そっと右手で私の肩を掴んでいる彼の手に触れると少し身体を震わせた。




『どういうつもりで仁が否定してくれているのか判らないが之は私の罪だ。一生背負う心算(つもり)でいる』


仮令(たとえ)其奴がそれを望まなくてもか?」


『嗚呼』




互いに視線を確りと捉えたまま数秒が過ぎた。
そして先に逸らしたのは彼の方だった。




「ならば若し、其奴が急に現れたら矢張り殺したいか?」


『殺しなんてしないさ。そうだな……若し彼奴が新しい人生を迎えれているのなら』




もう一度、空に浮かんでいる綺麗な青い月を見た。
月は生きている筈も無いのに何故か優しく諭してくれた様に思えた。
大丈夫だから貴女の思いを確り伝えなさいと。




『私は今度こそ幸せに暮らして欲しいと思う。沢山の仲間と沢山の笑顔で溢れた素晴らしい世界でな』




私は月から彼の方に視線を移して目を少し細めて微笑した。
彼は目を見開き驚いていたが、溢れ出しそうになっていた涙を隠す様に下を向く。
そして震える声で告げた。




「……屹度、其奴は今頃幸せに暮らしている筈だ」


『嗚呼、そうだと善いな』




泣いているのだろうが敢えて気付いていないフリをした。
彼も知られたくないから下を向いたのだ、それぐらい私にも判っている。


彼が落ち着く迄、優しく何度か頭を撫でた。


数分後、「有難う」と告げた彼は微笑していた。
それに応える様に私も又微笑した。




『却説、早く帰ろう。あの二人が腹を空かせて待っているぞ』


「そうだな」




再び優しく、しかし離さないと主張しているかの如く強く固く繋がれた手を離す気にはなら無かった。
そっと握り返して私達は彼等の待つ楼閣へと歩み始めた。

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黒龍(プロフ) - 様々なオタクさん» もしやSAOの……?() (2021年6月12日 19時) (レス) id: b77228759e (このIDを非表示/違反報告)
様々なオタク - ヴァッサーゴ?!ヴァサゴ?!POH?! (2021年6月12日 18時) (レス) id: eccd7c5314 (このIDを非表示/違反報告)
黒龍(プロフ) - 布教する猫さん» コメントありがとうございます!更新に関しましては不定期になりますが頑張ります^^ (2021年1月16日 11時) (レス) id: b77228759e (このIDを非表示/違反報告)
布教する猫(プロフ) - すっっごく面白いです!!更新頑張って下さい!!(* ´ ▽ ` *) (2021年1月14日 20時) (レス) id: 0899319726 (このIDを非表示/違反報告)
黒龍(プロフ) - じしゃくさん» コメントありがとうございます!そして、そこに気付いて頂けて凄く嬉しいです……!! (2020年3月29日 17時) (レス) id: 9b97ad947e (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:黒龍 | 作成日時:2018年5月21日 1時

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