わたしをわたしたらしめるもの・翠 ページ29
ときどき、息を止めてしまう。
なんでもないときに、ふと気付くと私は呼吸をしていないのだ。
たとえば、屋上で。
日向ぼっこをしてるときに、私は息をしなくなる。
たとえば、店で。
掃除をしているとき、棚の整理をしているとき、ひいてはお茶会のときにまで。
大抵、誰かに話しかけてもらうと我に返り、また息をする。
どうして呼吸を止めてしまうのかは、わからない。
「翠。」
マスターが私の目の前で手を振っていた。
「……、」
「また息してないでしょ。」
返事をしようとしたのだが、喉が渇いてしまったらしく、声が出なかった。
「はい、水」
「……ぅ…」
謝ることもできなかったので、諦めて水を受け取り、飲んだ。
「はぁ…。すみません、また…」
「いいのよ。死んじゃうちょっと前には我に返してあげるから。」
「できればそれよりもっと早く我に返させてほしいです…」
クスクスと笑って、彼女は振っていた手を頬にあてて、考え込んだ。
「どうして息ができないのかしらね。自覚はあるのよね、ときどき息してないって」
「はい。わかってるんですけど…」
というかさっきまでそのことを考えてた訳なのだけれども。
自分が呼吸を止めるという謎の癖があることは自覚しているのに、息を止めているときはわからない。だから、自分ひとりじゃ息ができないのだ。
「寝てるときは、大丈夫よね。」
「そうらしいですね」
いつもは自分の部屋で寝ているからわからなかったが、前に私以外の皆がいきなり夜中にゲーム大会をはじめて、あまりの騒音に目を覚ました私は仕方なくマスターの部屋で寝かせてもらった。
おそらくそのときに見たのだろう。私は睡眠中はちゃんと息をしているらしい。
「わからないけれど、いつかはわかると思うわ。今は、またその癖が出てもあなたを起こすひとは私だけではないのだし、安心して頂戴」
「そうですね」
私のこの癖を知っているのは、私と彼女だけで、他の皆は私が息をしていないことを知らない。
それでも、私が呼吸してないときに彼らは偶然そこに来て、話しかける。そうやって、私を起こす。
彼らは知らぬうちに、私を救っている。
「何かあっても、私がいるし、皆がいるからね」
そう言って、彼女は空になったカップに紅茶を注ぎ足しに行った。
毎日があるのは、彼女のおかげで、他の皆のおかげだ。
まあ、何が言いたいかというと。
私が私でいるためには、彼らが必要だということだ。
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作者名:よっけおる x他2人 | 作者ホームページ:http://uranai.nosv.org/my.php
作成日時:2017年7月12日 21時