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【73】 ページ27

受け入れるのには時間がかかるかもしれないけれど、前に進むまでに総時間はかからないような気がした。

終業のチャイムを耳に入れて、朝からお世話になった彼女にぎこちなく帰りの挨拶をする。
私から声を掛けたのが嬉しかったのか、彼女はにっこり微笑んで挨拶を返し、部活に向かったのを見た。

日常に戻ってきた。
私の日常。
毎日向かった母の墓。

最近行けなくてごめんね、と心の中で母に語り掛ける。
豪胆な母のことだ。
私がそんなことを言っても「なにも気にしてない」と笑いそうな気がしないでもないけれど。

行きがけに花屋で小さな花束を二つ。
水の入ったペットボトルと線香と、それからマッチ。
意外と大荷物になってしまったけれど持てないことは無い。
よいしょ、と持ち上げようとした瞬間、誰かに荷物を奪われて思わずそちらを見た。

「千冬くん」
「よ。場地さんの墓参り?オレも行っていい?」
「母さんの墓参り。場地くんはついで」
「またまた。じゃ、こっち持ってやる。早く行こうぜ」

それ以上の雑談もなく、かといって妙な雰囲気になることも無く、千冬くんの隣を歩く。
千冬くんが私よりも場地くんを知っているのはわかっていた。

「千冬くん」
「なんだよ」

教えてほしい。
私の知らない場地くんのこと。
生きている時、彼が何をしたのか。どんな人だったのか。

「私、場地くんのこと、もう見えないんだ」

私の言葉を聞いた千冬くんに、驚いた様子はなかった。
ただ粛々と聞き入れるように「そっか」と一言だけ。
何か雰囲気でわかっていたのかもしれない。

「千冬くん、場地くんのこと教えてくれないかな」
「はあ〜?なんでオレが」
「だって場地くんの腹心だったんでしょ」
「ふっ…、ま、まぁそんな感じだったけどよぉ〜…」

満更でもないように鼻の下を擦る千冬くんに笑って、また歩を進める。

私の恋した場地圭介が、どんな人だったのか。

これからきっと人づてに、彼の生き様を聞くことになるのだろう。
その為だったら、どこまでも走っていける気がした。

一種の祈りみたいなものを抱きながら、並んで墓石に手を合わせる。
相変わらず彼の姿は見えない。
併せていた手を解いて、帰ろうとしたその時。
墓石影に隠れて見えなかったが、何か紙のようなものが挟まっているのに気が付いた。

「これ」
「知ってんの?」
「うん。だってこれ」

黒地に赤と金のラインの入った綺麗な便箋。
宛名を探したそこには、確かに歪な字で、笹岡Aと書かれていた。

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よぞら(プロフ) - 本当に素敵な作品をありがとうございました。もう最後の2人のデートで涙が止まらなかったですし、触れられない…体温もわからない…って切なすぎてずっと泣いてました(泣)本当に大好きです。ありがとうございます!! (2021年10月14日 1時) (レス) @page31 id: 1a17489b7d (このIDを非表示/違反報告)
仁日 - 完結前なのにもう泣いた。文章能力高過ぎです。ゴイザラス。どうしようド性癖過ぎて完結したら暫くのたうち回る未来しか見えない。大好きです。愛してます。 (2021年10月12日 8時) (レス) @page15 id: 9efffd34d8 (このIDを非表示/違反報告)

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作者名:晴海 | 作成日時:2021年10月7日 21時

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