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いつもより入念に髪をとかし、いつもより入念に歯を磨いた。
小さな水垢のついた洗面台の鏡で笑顔の練習なんかにも手を出してみたが、心底不審そうな声を出して「誰か呪うつもりか?」と場地くんに言われてしまった。もう二度とやらない。
「手紙持ったか?」
「この鞄の中に」
「終業のチャイムで?」
「速攻ダッシュ!」
「よっしゃ、行こうぜ」
誰にも聞こえない程度の小さな小さな作戦会議。
話の長いクラスの担任がHRにかける時間も想定済みだ。
私たちと場地くんはHR終了を今か今かと待ちわび、最初からこんな場所に観光客なんて来るはずが無いと普段から話していたクラスメイト達は、「やってられない」と言いたげな態度で各々担任の話を聞いていた。
終業のチャイムが鳴る。
私にとってHRとは、いつもなら他のどんな授業よりも長く苦しく感じてしまう最悪の時間だった。
けれど今日は違う。
12月14日。
今日は、場地くんのお母さんに手紙を届ける最重要ミッションを私は抱えていた。
「っし、ダッシュだ!走れ!」
「わかってるよ!」
何一つ忘れないようにぎゅっと胸の位置で抱えて走り去る。
数人の生徒が私の方を不思議そうな目で見つめているのは見ないふりをした。
電車に乗り、時には歩いて、時には表札なんかも確認する。
生前同じ場所で生きてた場地くんがいるから楽勝だとは思ったのだが、如何せん、彼は説明があまりうまくならしい。
あっちこっち行ったり来たりを繰り返し、場地くんが生前住んでいたらしい団地に辿り着いたのは、学校を飛び出した1時間後のことだった。
「方向音痴でしょ」
「オマエの高校からオレん家までの行き方なんてわかるわけないだろ」
「なんでちょっと偉そうなのさ」
相変わらずの物言いに少しだけ気が抜ける。
入念に髪をとかしてみたり、頻繁にコンパクトミラーを確認したりと、朝から妙な緊張で変な行動をとっていたと気が付いて頬を掻いた。
多分、特別気にしたり、カチコチに緊張する必要も無いのだと思う。
私はただの彼の友人で、私は彼から頼まれてこの手紙を届けに来ましたと、正直それだけ言えばいい。
「あそこ」
指さされたのは、それらしい団地の五階部分。
「…ちなみに聞くけど」
「階段だぞ」
「先に言ってよ〜…」
愉快そうに笑って進む場地くんを追いかけて階段を駆け上る。
辿りついたその先で、ただの扉でしかないそれを前に深呼吸。
私が鳴らしたインターホンの音は、何だかとても柔らかかった。
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よぞら(プロフ) - 本当に素敵な作品をありがとうございました。もう最後の2人のデートで涙が止まらなかったですし、触れられない…体温もわからない…って切なすぎてずっと泣いてました(泣)本当に大好きです。ありがとうございます!! (2021年10月14日 1時) (レス) @page31 id: 1a17489b7d (このIDを非表示/違反報告)
仁日 - 完結前なのにもう泣いた。文章能力高過ぎです。ゴイザラス。どうしようド性癖過ぎて完結したら暫くのたうち回る未来しか見えない。大好きです。愛してます。 (2021年10月12日 8時) (レス) @page15 id: 9efffd34d8 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:晴海 | 作成日時:2021年10月7日 21時