夜の水晶【文スト】【実況者】 (ページ12)

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「ごめんね」ページ12

太宰が揺らりと振り向く。
その顔には何も無い。

「……どういう事かな？」

空気を震わせ、ただ云った。

黄田は笑みを崩すことなくこう云った。

「申し訳ございません。騙すつもりは無かったんですよ。だって幾ら取り繕った所で貴方には筒抜けだったでしょうから。」

太宰の偽りの笑みが黄田に乗り移ったかのように、空虚の笑みを浮かべている。
その代わり拳銃を向けている国木田には余裕の表情は一切無い。何かに取り憑かれたように溢れる殺気を隠さず太宰に向けている。

「とりあえず、国木田君を戻してくれる？彼、カルシウムが足りないから怒らせたくないんだよね〜。」

「まず、貴方が怒らせないよう努力してくださいよ。」

「やだ。」

緊迫した空気とは何処へ行ったのだろうか。
軽い言葉の応酬が薄い闇に溶けて消えた。
国木田のもはや意味を成さなくなった殺気だけが尽きること無く漏れ続けている。

「……いいですけど、少し私の話を聞いてください。貴方の希望はその後です。」

意味有り気に黄田が呟いた。
太宰の目が昏い黒に染まった。

「……聞かせてくれるかい？」

此処は何処だ。
目の前が白と黒に点滅し続けている。色が分からない。上か下かも分からない。水が纏っているのか土の中に埋もれているのか。視界がいやに五月蝿い。それなのにそれ以外の感覚がやけに静かだ。
耳から入ってくる情報は吹きすぎる風の音。
鼻から入ってくる情報は嗅ぎなれた鉄の匂い。
舌から入ってくる情報は溢れ出る唾液の味。
手から入ってくる情報は銃を握る緊張感。
それだけが明確だった。

撃った理由は単純明快。
゛撃て゛と誰かが云ったから。
゛誰か゛とは誰だったか。
今ではそれも分からない。

理解する前に俺の世界が広がった。

まず見えたのは拳銃と俺の掌。
銃口から煙がひっそりと吹き出ていた事が不思議だった。
次に見えたのは黒い血の池。銃口がそちらを向いている事が不思議だった。
次に見えたのは池にぽつりと浮かぶ茶色の外套。やけに見覚えがあることにさっと青ざめた。
そして最後に見えたのは

────包帯無駄遣い装置の相棒だった。

俺は吠えた。涙がとめどなく溢れ出す。
いつも仕事をせず周りに迷惑を掛けている相棒が最後まで仕事を上げず、他殺で逝った。
誰が殺したか？

考える迄もない。
俺が太宰を撃った。

涙なのか幻覚なのか目の前が眩む。

俺の世界は醜く形を変えたまま────

そこで暗く消え失せた。