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【side沖矢】
Aさんが化粧室へと入って少しした頃、数人の覆面姿の風貌の男達に囲まれて、ジェネラルマネージャーやフロントのスタッフ達がグ ランドボールルームの中へ入っていく様子が遠目に見えた為、咄嗟に物陰に身を隠す。
スタッフ達は両手をあげていたし、明らかに普通ではない。
そして、グ ランドボールルーム内で拳銃の発砲音が響いた。
参加客たちがパニックを起こして騒いでいる声が響き、更に拳銃の連射撃音が数発鳴り響いた。
急いで女性用化粧室の中へ入り、拳銃の発砲音を聞いたらしく何事かと固まって動けなくなっているAさんの腕を引いて、煌々と輝く広いパウダールームの奥隅へと彼女を押し込んだ。
「…トラブル発生です。良いですか。絶対、静かに。ここは死角ですから、大丈夫」
状況がわからずに不安そうな彼女を抱きしめて、落ち着かせようと背中を軽くぽんと撫でる。
ほぼ全面鏡張りで、通常の部屋よりも照明が明るく感じるこのパウダールームは、不慣れな男にとっては精神的に長居し難い場所であるはずだ。
暫くして、見廻りと思われる犯人の足音が近づいてきて、隣の個室トイレのエリアを一つずつ確認しているらしい気配がする。
Aさんの細く小さな体が可哀想なほどに震えて、私のスーツの上着の襟に縋る様に握っている。
犯人は隣のエリアからパウダールームの入り口にやってきて、ぴたりと足を止めた。
やはり、室内のあまりの明るさに気圧されたようだった。
部屋の中はほぼ鏡張りで、隅々まで見える様な錯覚を引き起こし、犯人は途中までやってきて引き返していった。
化粧室内は床だから足音が少し響きやすいが、ホテル内の通路はすべて絨毯の様な防音吸音素材なので、足音がわかり難い。
犯人の足音が聞こえなくなった頃、小さく息を吐いた。
「…Aさん？もう大丈夫です 」
『…ん…』
顔をあげた彼女の瞳は涙で濡れていて、不安そうに大きな瞳が揺れている。
そっと指の腹で涙を拭ってやると、反射的に彼女が瞳を閉じた。
「頑張りましたね」
こんなに無防備に男の前で瞳を閉じるとは。
庇護欲と支配欲とが掻き立てられて、思わず彼女の額に口付けてしまった。
先程は縋るように私だけを映していた瞳が驚きで見開かれて、急激に色を取り戻した頬が熟れた林檎のようだ。
私の胸を突っぱねて、慌てて距離を置こうとする行動すらも愛らしく感じる。
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作者名：ひより | 作成日時：2023年4月21日 21時
