第27話 ページ2
ひとしきり泣いたAは、谷崎に勧められるまま風呂に入っていた。お湯に浸かりながら、Aはじっと風呂場のタイルを見つめる。
涙は止まった。だが、Aはそれでも今起こっていることが信じられなかった。夢見心地とは違う。そんなふわふわとしたものではなく、何もかも朧で頼りなくて、幻の中に居るようだった。
数年抱え続けていた想いが本当に成就したのか、まるで実感というものがない。全てが厚い布越しに触れているようで、頼りない手触りしかないのだ。
だがその手触りは、彼女が風呂から上がって、谷崎ともう一度顔を合わせて初めて彼女の中で明確な輪郭を持った。
畳に座って書類に目を通している彼がふと顔を上げて、目があって、それからちょっと微笑んで。それからAも微笑み返した。それだけだが、それだけでAのは十分だった。彼女に二人の間の劇的な変化を突き付けた。
「布団、ナオミのなンだけど、こッちを使ッて」
谷崎がそう言った。視線の先には布団が二組。少し間隔をあけて敷かれている。
「ありがとう」
Aは彼が指した方の布団の端に座った。湿った髪をタオルで拭く。何気なく、仕事関係のものであろう書類を呼んでいる谷崎を見た。すると、彼は、Aの視線に気が付いたのか顔をあげた。
数秒間、二人は生きをするのも忘れて見つめあった。Aはタオルを持つ手を止めた。谷崎も、書類を持つ手を止めて、何を言うでもなく、彼女からの視線を受けていた。
先に視線を逸らしたのは、Aだった。Aが視線をそっと畳まで伏せると、パサリと書類を置く音がした。衣擦れの音と共に、谷崎がAの傍までやって来る。
Aは伏せていた顔をあげる。もう一度、谷崎と視線が重なる。彼は、どこか思いつめたような顔をしていた。そのまま彼は、手を伸ばした。Aの頬に触れる。Aは彼の指先のくすぐったさに、僅かに身じろんたが、それだけだった。
彼の顔が近づく。もう限界。と思った瞬間にAは目を閉じた。
そして唇に、待ち望んできた軽い感覚。触れるだけの甘やかなキス。恐る恐るAは目を開けた。
谷崎が、じっと、見ている。Aの顔、肩に触れていた。
Aも、彼と同じように、見つめ返した。彼のしたのと同じように、彼の頬に触れて。
そして今度は、どちらからもともなく、二人は口付けていた。
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にゃーちゃん - 初コメ失礼します!谷崎くん最推しなので超嬉しいし面白かったです! (2022年2月8日 9時) (レス) @page18 id: 04c952a5b3 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴(プロフ) - 雪のさん» りょです!w (2018年11月11日 19時) (レス) id: 723d39c3a6 (このIDを非表示/違反報告)
雪の(プロフ) - 柘榴さん» ありがとうございます。公式から発表されていないことに触れることに抵抗のある方もいらっしゃるので、注意書きをしています。 (2018年11月11日 18時) (レス) id: 4ee9ff3c65 (このIDを非表示/違反報告)
柘榴(プロフ) - 夢小説だから過去とかめっちゃ捏造しても問題ない!と私は思う (2018年11月2日 21時) (レス) id: 723d39c3a6 (このIDを非表示/違反報告)
雪の(プロフ) - アカリさん» ありがとうございます。次回作も期待に添えるような作品にできるように頑張ります。 (2018年8月17日 21時) (レス) id: 4ee9ff3c65 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:雪の | 作者ホームページ:https://twitter.com/snow_snow_dream?s=09
作成日時:2018年6月30日 22時