【文スト】ポートマフィアの女医さん【太宰治】

女医さん１９ ページ20

猫になるのもなかなか善いものだ





そう思ったのは、中也がAちゃんに私を任せた後


彼女の腕の中はとても心地が好くて、頭を其の腕に擦り付けると撫でてくれる





うふふ、と心中でほくそ笑む


何てったって、にゃあにゃあと鳴けば、彼女は珍しく頬を緩ませて微笑んで私に触れてしまうのだから


なんとちょろい





｢却説と…
それでは薬品整備で隣に行ってきますね｣



｢…｣





お留守番お願いします
私より幾分か大きい彼女は、私を地面に降ろし早足で立ち去った


遊んでくれないなんて訊いてない
尻尾がブンブンと振り子の様に振る


いっきに静けさが増した部屋
隣室の扉の前に移る





｢にゃーん、にゃーん｣




構ってほしい、という気持ちが猫の声色に表れる
然し部屋から彼女は出てこなかった


この甘美な声にやられてたンじゃなかったの？





何時まで経っても帰ってこない彼女


不貞腐れた私はソファで丸まって目を閉じた








.








…ん、何だろう
凄く気持ちが善いし、好い香りがする



パチリ。目を開き、躰を起こす





｢あっ…起きてしまいましたか｣



｢いいや、起こして正解だぜ
此奴のせいで俺は一睡もできてねェからな｣





私を指をさす小柄な男の其の目の下には、薄らと隈ができていた


最悪の目覚めだ





｢Aの膝の上で大層心地が善かったってか、あ？｣



｢にゃ〜｣



｢ﾁｯ…死なす。絶対何時か息の根止めてやる｣




上から脅迫の言葉と苦笑いが聞こえてきた


却説、慥かに最悪の寝起きではあるが、実際のところ其処迄でもない


温かみのある膝に、毛を撫でる手
苦しゅうない


目を細めてしまうし、尻尾も穏やかなテンポで振ってしまう



然しそれも束の間



｢じゃ、此奴連れて帰る。邪魔したな｣



｢お構いなく…後は宜しくお願いします｣



｢任せとけ。助かったぜ、A｣




頭上で遣り取りされる会話が聞こえてきた
“戻る”やら“後は宜しく”とか…


上を見上げると金の双眸とカチリと目が合った


にゃーん、と最後に甘ったるい声で鳴けば躰を持ち上げられ顔と顔が触れる




｢少しだけ…、もう少しだけ乞うさせて下さい｣




中也の方を向いて彼女は云った


其のチビはというと、彼女に惚れた弱みなのか何なのか、甘やかした返答が返ってきた





其の数時間後、私は無事ヒトに戻った






(もう一度猫になりたい…)
(Aに撫でてもらいたいだけだろ)
((当たり前だ、帽子置き場))

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