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少女が抓っていた手を離して、堪えきれずに吹き出して笑う。
零は紅い瞳を大きく見開いて、そんな少女を見詰める。
上品さの中にある、良い意味で綺麗過ぎない笑顔。
胸の内を炙られるような熱さが徐々に顔に上がってくるのを感じながら、零も優しく微笑む。
「自分で人の頬を抓っておいて、笑うとは…失礼じゃなぁ。」
『だって、おかしいんですもん…!』
「…矢張り嬢ちゃんは笑顔が可愛いのう。我輩、好きじゃよ。」
さらりと、流れるようにそんな事を口にしてしまう。色男の口説き文句の様な台詞が彼の口から、極稀に、否会話に混ぜられて気付いていないだけで恐らく嫌という程聞いているのだろうが
まともにうけると何だか歯痒くなって、胸がまたどきり、と音を立てて鼓膜に響く。
先程まで可笑しくて笑っていた顔が、一瞬にして驚いた表情に変わり、分かりやすく照れ隠しで顔を逸らす。
『…はいはい…。もう、き、聞き飽きましたから。』
「さては本気にしておらぬな?我輩こんなにも真剣に言っておるのに…悲しいのう。しくしく。」
目元に細い指先を置いて、嘘泣きで出た偽造の涙を拭うフリをする。
『それ、名演技とは言えませんから。』
「えぇ…結構自信あったんじゃけど。…よっこら、せっと」
がっくりと肩を落とすと、漸く膝元から身体を起こして立ち上がる。
言葉とは裏腹に、感情のままに身体は動いている。
立ち上がろうとする彼の背中を、何時倒れてもいいように支えようとしている自分の腕を
直ぐに引っ込めた。
少女は零と同じ様に立ち上がると、元来た道とは反対方向に、具体的に言えば寮ではなく校舎の方へ足を向けていた。
はっと自分の爪先が指す方向に気が付いて、くるりと元に身体を戻す。
零はまたくすりと笑った。
「…その様子だと、まだ行きたい場所があるようじゃな。」
『いえ…今日は貴方のお守りで疲れたので、帰ります。それじゃあ─』
帰ろうとする少女を零はたった一言で、その動きを制止させた。
「その楽譜どうするんじゃ?」
少女はぴたり、と止まる。
零が放った言葉に含まれた、間接的意味を理解した少女は暫く背中を向けたまま微動だにしない。
零は腕組みをしたまま、見つめている。
少女から出る答えも、元々の選択肢も一つしかないことが分かっているから、敢えて何も言わぬのだ。
黙っている零の意図が嫌でも解ってしまう。
自分には頷いてあの場所へ行く事がどのみち、本心なのだから。
『〜っ…!!』
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作者名:黒凛蝶 | 作成日時:2022年6月14日 16時