吸血鬼に捧げる歌なんかない (ページ50)

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促されるがまま、すとんと何時ものピアノ椅子に腰を下ろす。
零は普段と変わらぬ雰囲気を見に纏っている。

怪しい。

『私、朔間さんが話してくれるまで下の名前で呼びません。曲も、歌も作りませんし歌いません！』

一か八か、強めの口調で到底適うことの無い相手だと分かっているにも関わらず少女は零を脅した。
さて、効果の程は─

「そ、それは勘弁しておくれ…。分かった、話そう。」

案外折れるのは早かった。想像以上の脆さである。
もう少し長めに粘って攻防戦を繰り広げるかと僅かに期待していたのだが少女の言葉は零にとって、下手をすれば弾丸よりも強い力があるのかもしれない。
一瞬だけ零を言い伏せたような、勝ち誇った気分を味わうもそんな優越感に浸っている場合でもない。

「…正確には間接的に制裁を与えたんじゃよ。」

『え、朔間さんが個人で…！？』

「そんなわけなかろうよ。元々あの会社は引き抜きで成り立っていたんじゃ、この業界に踏み出そうとする若い芽を片っ端から摘み取っては萎えさせておっての。」

「使い物にならなければ迷わず捨てる、最早あの場では人が物同然の扱い、他事務所も危険視していたんじゃよ。引き金になったのが嬢ちゃんの件で、以前から何時実行するか思索していた所だったんじゃ。」

成程、そういう事かと納得したものの何故あんな形に…。
娘さんもあれだけ父親の事を誇っていた様だし意気消沈して何もしてこなくなったのだから相当な打撃を受けたことは間違いないらしい。

嫌がらせも無くなった事で少女も安心して生活を送れるようになった─だが

内に眠る少女の勝手な解釈の一つが口から知らぬ間にこぼれて言ってしまった。

『…ま、守ってくれてたの…？』

割と聞こえない位のボリュームだったはずだが、どうやら零の耳には届いていたらしく彼はニヒルに微笑んで少女を見詰めた。

「…誰しも手を出されたくない人や物の一つや二つあって当然じゃろう？それが我輩にとっての嬢ちゃんだっただけの話じゃよ。─さて、我輩は全て話したぞい、曲を聞かせておくれ。」

ぼっ、と身体の熱が顔にまで込み上げてきて口を魚の如くぱくぱくとさせて嬉しさなのか恥ずかしさによる苛立ちなのかは定かではないが少女はまたやけくそ気味に零に思いの丈をぶつけた。

『〜っ！吸血鬼に捧げる歌なんかあるわけないです！！』

少なくとも朔間零という名の吸血鬼には。

END