カドミウムレッドの毒性3

26.逃避 ページ28

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「それ、本気で言ってんの？」
「本気だよっ！そうとしか思えない！」
「そんなわけあるか」




取り乱している私をどう扱っていいのか分からないんだろう。
先生は小さなため息をつくと、深くソファに凭れかかり目頭を押さえた。
酷く疲れているのが分かる。




「宙さんは私みたいに子供じゃなくて、もっとずっと大人で……素敵な人だったんでしょ！？代わりになれるわけないじゃんっ」
「本気で怒るぞ」
「だって！」




鼻がつんとして新しい涙が目頭を熱くさせた。




「今度……ちゃんと話すから。今日はもう遅いから送ってくよ」




私の涙に気づいているのかいないのか？
先生はゆっくりと立ち上がり、コートを着て、ローテーブルの上の財布をポケットに突っ込んだ。




「いいっ、ひとりで帰れる」
「ダメ、この辺は治安悪いから。ほら」
「ほっといて！」




咄嗟に、私に向かって伸ばされた手を払い除けていた。




「A」
「１人で帰る！」
「待てって」
「やだっ、私に触らないでっ！」




驚いたように目を見張り固まる先生。
私だってこれ以上先生を責めたくなんかなかった。
惨めな姿を見られたくなくて、後ろから追いかけてくる声から逃げるように部屋を飛び出した。


センター街を駆け抜け、時々立ち止まり、また走った。



走って、走って、走って……



何も考えたくなかった。
それから家まで、どうやって帰ってきたのか記憶にない。








「遅かったね」




玄関でお母さんに話しかけられ、はっと我に返った。




「え……」
「晩ご飯は？」
「いらない……」




私は無言で自分の部屋に入り、ベッドにごろんと横になると声を殺して泣き続けた。






* * *






あの日から、予備校のバイトを休み、大学では作品を描くことに没頭した。
幸いなことに油画科は自由だったから、授業がない午後も大学に残って遅くまで絵を描いていた。
何かしていなければ、先生のことばかり考えてしまう自分がたまらなく嫌だった。
私から先生を取ってしまったら、自分には何も残らない気がして怖くなった。



先生からは何度も電話がかかってきたけれど、私は無視し続けた。
私と同じ思いをすればいいという、私のちっぽけな反発心だ。



亡くなった人へのどうしようもない嫉妬心から、自分を心の狭い人間だと感じてうんざりした。



人を好きになり、自分を嫌いになるという経験は、私にとって初めてのことだったから……







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