※snow noise※ ページ17
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ゆっくりとワーキングテーブルに近づき、その上に散らばった絵の具を手に取る。
使いかけで、もう何年も蓋を開けていないアクリルガッシュたち。
ぐっと力を込めて回そうとしても、干からびた蓋は一向に回ることはなさそうだ。
中の絵の具も半分は固まっているかもしれない。
時計を見ると午後5時。
思い立ち、俺はジャケットを手に取り外に出た。
若者で賑わう渋谷センター街を抜け、スクランブル交差点を囲む極彩色のビジョンを見上げる。
夕闇の交差点は、今日も絶え間ない雑踏で覆い尽くされていた。
信号が変わり、人の波を縫うようにして駅へと急いだ。
渋谷駅から3つ目、新宿にある某有名な画材店に来たのは本当に久しぶりだった。
この店にないものは、他に行っても手に入れることはまずできないだろう。
それほど何もかもが揃っている店だった。
アーチ型の大きなファザードには、トレードマークのモナリザの絵が飾られている。
大きく息を吐き、ビルの中に入ろうとした時だ。
道の向こうから歩いて来る男に目が止まる。
「――……!」
見覚えのある高い鼻梁の端正な顔立ち。
途端に、ドッドッドッと心臓が大きく早鐘を打ち始める。
気づかれないように咄嗟に俯けば、彼は俺に気づいていない様子で横を通り過ぎて行った。
間違いない……彼だ!
それは――……
宙のたったひとりの兄だった。
どうして……?何故この街に?
恐る恐る振り返り、その後ろ姿を目で追っていた。
まさか……まさかこんな所で会うなんてっ!
“宙、愛してる”
“私も……誰よりも愛してる”
あまりにも惨い過去の残像。
頬を濡らすカドミウムレッド。
まるで凍りついたように俺はその場を動けなかった。
全身の血液が逆流するような感覚に襲われ、思わず自分の両手を見つめる。
血まみれの掌。
咄嗟に叫び出しそうになる口を押さえた。
地震?
一瞬、地面が揺れたように感じたのは自分自身の目眩だった。
立っていられなくなり、ビルの壁に寄りかかると夜空を見上げた。
手を伸ばせば、指まで墨色に染まってしまいそうな深く、暗い闇。
“せーんせっ”
A……
その刹那、俺に差した一筋の光は闇に呑まれて。
這い上がることのできない、深く暗い穴へと落ちていくような感覚がした。
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siori(プロフ) - ゆうさん» ゆうさん、こんにちは!お待たせしてしまってごめんなさい。心がヒリヒリしながらも楽しんでいただけているのであれば、これほど嬉しいことはありません(T^T)今日、移行しますね!いつもコメントありがとうございます! (2022年9月9日 17時) (レス) id: 61df7685fa (このIDを非表示/違反報告)
ゆう(プロフ) - こんばんは!更新うれしいです。sioriさんの作品が大好きです。主人公ちゃんの北山先生への想いに涙でした。宙さん今は絵が描けていてよかったです。先生と主人公ちゃんも笑顔になってほしいなと思います。心が痛くなりながらもドキドキしながらいつも楽しみにしてます (2022年8月24日 22時) (レス) @page50 id: d56bd6cb16 (このIDを非表示/違反報告)
siori(プロフ) - ましろさん» ましろさん、え!?もうひと山ですか(笑)私の話なんて全然大したことなくて(笑)北山くんが凄いからですよー!彼の凄さは私も痛感してます!でも、私はましろさんが帰ってきてくれたことがなによりも嬉しいですっ(涙) (2022年8月18日 20時) (レス) @page16 id: 61df7685fa (このIDを非表示/違反報告)
siori(プロフ) - ★mmiioo★さん» ★mmiioo★さん、ありがとうございますっ、大きいんですけどね。相手が強すぎてどうなるかというところです(涙) (2022年8月18日 19時) (レス) @page16 id: 61df7685fa (このIDを非表示/違反報告)
ましろ(プロフ) - 次の章で終わるなんて言わずにあともうひとやま....笑。久々の現場行きまくりで改めて彼の凄さとかっこよさを痛感し栞さんのお話の凄さも久々に訪れて痛感し新しいお話が読めることが本当に嬉しいです。どのお話も心臓痛くて大大大好きです。愛重く愛しております。 (2022年8月17日 9時) (レス) id: 6b1f0a89b4 (このIDを非表示/違反報告)
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作者名:siori | 作成日時:2021年11月6日 21時