ある書道家と私 -ki-

39.心の充電 ページ39

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「まっ、巻き込み事故ですか？」

「そうだよ、だっていきなり俺の家に押しかけて来てさ、また書家として活躍してほしいって言ったと思ったら変質者だとか言い出すし。マジで凹んだよ。この人なんなの？って思ってた」



北山さんはそう言いながらも可笑しそう。



「それはすみませんでした」

「俺、最近は前とは違うんだ。ずーっとこの二年間良く眠れなかった。夜になると気が高ぶってんのか頭の中が訳わかんなくなって、俺の思考は頭の溝が潰れたネジみたいに、回そうと思っても回す術がなかったんだ」

「北山さん……」

「だけど、桐谷さんが俺の生活の中にぐいぐい入り込んできて、最初はすげえ迷惑でさ。いつの間にか桐谷さんのペースに巻き込まれてる自分がいて、だけど今は……なーんかそれも悪くないなぁって思えるんだ。もしかしたら俺……そろそろ動けるかもしれない」

「北山さんにとっては必要な充電期間だったんですよ。だって、充電が十分でないままだとまたすぐに充電切れになっちゃいます。十分に充電できればまた絶対に復活できますから、無理しないでくださいね」





けれど……

私は担当を外されたんだ。





もし北山さんの心が回復して仮にうちの会社と仕事をしてくれたとしても、もう一緒に仕事ができないかもしれない。



「桐谷さん色々ありがと。俺のことで社内で辛い思いしてるんじゃない？」

「え？いいえ……あ、あの北山さん、ホルモン食べませんか？」



私は話題を変えた。



「いいね、俺はマルチョウとミノがいいな」

「マルチョウ脂が多くないですか？私苦手なんですよー」

「なーに言ってんの？それが美味いんだって」



北山さんて、絶対に譲らないときは頑として譲らない。例え肉についてでも追及するタイプみたい。芸術家の人って変わってて頑固な人が多いっていうし……何でも突き詰めたいタイプなのかもね。

何やかんやと言い合いながらも楽しい夜は過ぎていった。







*






「北山さん、本当にいいんですか？」

「いいよ、女の子にあんな重労働させて悪かったと思ってるから」

「ごちそうさまでした」




今日は北山さんが奢ってくれた。

帰り道、コンビニの前を通り過ぎてもまだ一緒にいたいなぁーなんて思う。誘ってみようかな。



「あの……これから風花飲みませんか？」

「これから？俺はいいけど……明日は仕事なんじゃない？」


　



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