ある書道家と私 -ki-

29.素顔の彼 ページ29

・






北山さんの長い前髪がどうしても気になる。
長い前髪をもうちょっと短くしてくれたら、きっとアーモンド型の切れ長の眸がもっと見られるんだろうな……なんて思ったり。




「北山さん、髪の毛どうしてるんですか？いつも」




聞いちゃえ。




「伸びたら切ってるけど？」

「えっ、美容院で？」

「俺が」

「えっ！」




自分で切ってるの？うっそーーー

でも……その割には上手だな……
顔がニヤつく。




「前髪、鬱陶しくないんですか？」

「んー、別に」




そう言いながら北山さんは前髪を掻き上げた。
その仕草が妙に色っぽくてドキッとしてしまう。目が全部見えたのは始めてだったから。




「全部顔見えたの始めてかも」

「そう？」




どうしよう……
見つめられるとドキドキしちゃう。





気が付いたら既に午後１０時になっていた。

なんとなく名残惜しくて……まだ一緒にいたいなんて思っている自分に戸惑う。





「あの…お酒ありがとうございました。今度はうちにも来てくださいね。これ、その時まで飲まないでおきますから。女性の部屋には入りたくないかもしれないですけど、私なんて女じゃないと思ってくれていいですからっ」




「女の子だよ」

「え？」




「桐谷さんは、ちゃんと女の子だから」




私を見て優しげな笑顔を見せてくれた。






*






月曜日


朝、駅を降りると雨がぽつぽつ降ってきた。



「天気予報はずれじゃん」


傘、持ってこなかったな……
夏の雨は、体温を適度に奪ってくれてむしろ気持ちが良かった。

また今日から一週間頑張ろう。








「桐谷、二階堂、ちょっと来て」


出社してすぐに、私とニカは藤ヶ谷さんに呼ばれた。




「北山さんの担当だけど……編集長に佐伯さんに変更するように言われたよ」




さすがの藤ヶ谷さんも言いにくそう……。




「えっ？だって編集長も長期戦でいいって言ってましたよね？」

「佐伯さんがさ、自分だったら一ヶ月で北山さんを引っ張り出すことができるって言い出したんだよ」





えっ……！？



「そんなっ！絶対に無理ですっ」



思わず熱くなって叫んでた。








・

30.揺れる心→←28.静かな時間

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す