31、煙草 ページ35
鏑木side
太陽を覆っていただけの厚い雲が、いよいよ増して黒に空を染め上げていく。
もうすぐ雨が降るだろう。
あの店を去った後、俺は大きな橋梁に足を運んでいた。
ここからだとアイツのいる、よく見栄えする高層ビルがよく見える。
本当に、本当にこんな街、大っ嫌いだ。
だけどAは……Aはどう思って_________。
考えたって仕方のないことだった。
久しぶりに、なんとも言えない口惜しさが襲ってくる。
ポケットからついさっき購入した煙草とライターを取り出す。
常人と同じように煙草を軽く咥えて火を灯すと、周りの酸素をここぞとばかりに吸い込む。
嗚呼、久しぶりだ。この感覚。
何年振りなのだろう。確か、Aに煙草を吸っているところを発見された時以来だったろうか。
あんなにも吸った酸素は何処へやら、曇天の空を仰ぎながら大きく煙を吐くと、跡形もなく透明に消えていった。
それを見るのが、好きだった。
「あれ、君煙草吸うんだ」
曇り空を見上げていたせいで奴の姿は見えないが、すぐに声の主がわかった。
お調子者のような陽気の中に、人とは違う潜在的な黒い部分が見え隠れするような、そんな声。
…いや、そう思うのは俺が奴の前職を知っているからなのだろう。
「…まぁな、お前も一本いるか？」
「いいや、私は肺を痛めて苦しい死に方をしたくないのでパス」
「そうかよ」
____________なら、もう残りは必要ない。
一本だけ抜かれた煙草の箱を、その辺にあったゴミ箱に目掛けて投げ捨てる。
狙いはクリーンヒットだった。
「あ〜ぁ、もったいない」
そういう割には残念がらない。無論、煙草を吸わない人ならそうなのだろうが。
「Aと、国木田の容態は」
「国木田君は与謝野女医に任せたから平気さ。Aちゃんは君を心配していたみたいだけど」
「…そうか」
そう一つ返事をすると、俺はもう一度大きく煙を吸った。
そして吐く。たちまち煙が天に昇っては、ふわりと曇天に消えた。
「”異能力者の能力を操作できる”、それが君の異能力だね？」
「あぁそうだ、それで俺がAの能力を引き出したってわけだ」
さすがは元ポートマフィア幹部。
否、今は探偵社であるが。
とは言っても、奴の異能力を前にしたら俺の行いは歴然なのだろう。
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作者名：ラザニア太郎 | 作成日時：2021年12月21日 23時
