29、誰か ページ33
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「……鏑木?」
鏑木が、いない。
いつも私の2歩後ろにいるはずの鏑木がいないのだ。
彼は、一人で何処か寄り道するとしても、私に必ずひとこと言ってから去っていくはずだ。
こんなことは初めてだった。
あまりに不気味に感じて、ただでさえもの寂しい店内の空気がより一層重く苦しいものになる。
「く、国木田さん、鏑木の姿を最後に見たのはいつで…__」
突然のことだった。
国木田さんの方へ振り返ると同時に、彼の膝が全身の体重を掛けて大きな音を立てながら落ちた。
「国木田さんっ?!」
膝をついてから前方へ倒れようとする国木田さんの身体を咄嗟に支える。
体格がいい彼の身体を支えるのは上半身だけとなっても、私の全身を精一杯使ってやっとのことだった。
顔色を伺うことすらもままならない。
しかし、私に上半身を預けた状態の国木田さんの呼吸は、異常なほどに荒かった。
私はこの状態になった人を、何度も見た事がある。
「毒だ…ッ」
国木田さんの荒い呼吸を振り絞って出した言葉と、私が脳裏に浮かんだ言葉は同じだった。
「いやっ…!どうして…、なんでっ…!」
何故、何故、何故。
どうして、今ここで、国木田さんが。
そもそも、どうしてここに毒が______。
考えても考えてもわからなかった。
どうしようもなくて、どうにもできなくて涙が溢れて視界がぼやける。
また、私の目の前で人が死ぬ_____。
誰か……。誰か……!!
「___ッ鏑木!!」
咄嗟に出てきた言葉は、彼の名前だった。
その瞬間。
「遅れてごめんね、Aちゃん」
閑散とした店内の扉が開き、一瞬射された光が私を照らした。
現れたのは、太宰さんだった。
「太宰さんっ!国木田さんが…!」
「もうここには用はないよ。国木田君は私に任せて」
太宰さんは、私が必死に支えていたはずの国木田さんを少し重そうに背負ってしまった。
そしてブティックの側に停めてあるワゴン車に乗せてしまうと、私も乗るように催促される。
状況が飲み込めないまま、されるがままに車に乗ると、車はすぐに発進した。
「太宰さんっ、まって、鏑木が、いなくて…っ!」
だんだん呼吸がか細くなる国木田さんの様子に焦りを感じながら、混乱で呼吸が乱れつつも太宰さんに問いた。
「…今は国木田君の容態を優先する」
この混乱した状況の中、私は太宰さんの返答を信じることしかできなかった。
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作者名:ラザニア太郎 | 作成日時:2021年12月21日 23時