伍拾肆 ページ8
「…ッ、ゲホッ!ケホッ!」
『わっ…!あ、身体冷えてる!もう、私の心配いいから兄さんは自分の事心配してよね!』
羽織取ってくるから!と言って私はその場を離れた。
兄は身体の脆い人だ。
生まれた時から病弱で、身の回りの世話は全部私がやっていた。
『兄さんの羽織…』
兄の部屋に着き、引き出しの中から羽織を取り出す。
カタン、とどこからが音がして反射的に目をやった。
木の棒。
部屋の片隅に何故かそれが立て掛けてあった。
変だな、兄は刀を使う様な人じゃ…あれ?
『私、なんで今…』
これを刀と思ったんだろう。
わからなくなって顔を俯せ、次に顔を上げると、木の棒は無くなっていた。
考えても考えてもどうしてそう思ったかはわからず仕舞い。
もたもたしていたら兄さんの身体が冷えてしまうと思い、私は部屋を後にした。
『兄さん、羽織持って来たよ』
私は兄の元へ戻ると、早速羽織を肩に掛けた。
「ありがとう、A…」
顔色が悪い。
今日は何か、温かいものを食べさせた方が良さそうだ。
そう思っていると、不意に兄さんが私の頬に手を添える。
「ああ、綺麗だなあ。綺麗だね、A。お前の目は、誰よりも綺麗だ」
青白い顔で、幸せそうに、満足気に兄さんは呟いた。
これは兄の、物心ついた頃からの口癖だ。
特に具合が悪いと、必ず口にする。
それがなんでかはわからない。
「黄金色、日光に照らされた稲穂の色。ああ、夕暮れの色にも近いね。とても綺麗だ」
ただ、目の色だけでそれ程褒められるとこちらとしては恥ずかしい。
『…兄さん、私の目を毎回眺めてそう言ってくれるのは嬉しいんだけど…流石に照れるからやめて』
「……うん。うん、ごめんねA。またいつもの癖が出ちゃったみたい」
兄さんは苦笑を浮かべた。
気恥しそうに頬を掻く。
照れたいのはこっちなのに。
「でもほんとに綺麗だ。…あのね、A」
『何?』
「…ううん、やっぱり何でもない」
口を開いたかと思えば、気まずそうに言葉の先を濁す。
まただ。
最近このやり取りが多い。
どうして言葉を濁すのだろう。
『ねえ、兄さん』
兄の背中に手を置く。
優しくその背中を擦った。
『どうして私の目を見て毎回褒めるの?どうしていつも言葉を濁すの?何か私に、言っちゃいけない事でもあるの?』
兄は。
兄は何も言わなかった。
静かに笑みを浮かべていただけだった。
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作者名:ゆず招き猫 | 作成日時:2019年11月30日 16時