大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ40)

今日:3 hit、昨日:6 hit、合計:82,318 hit

__ ページ40

・

「大丈夫ですよ。
マンションは逃げませんから」

櫻井は諭すような口調で言う。

少し落ち着いたのか、赤羽は頬をかすかに紅潮させながら俯いた。

「すみません……取り乱してしまって」

「仕方ないですよ。記憶を取り戻す鍵が見つかったんですから」

櫻井がそう言った時、ようやく二宮が追い付いてきた。

「みんな、速すぎ……そんな、急がなくても。これだから、体力、ばかは……」

あなたが運動不足なだけでしょ。

わずか200メートル走っただけで息も絶え絶えになっている二宮に、櫻井は心の中で突っ込む。

「運動不足なんかじゃない。ちゃんと時々散歩もしてます」

ようやく息が整ってきた二宮は櫻井を睨む。

どうやら、表情から考えていることを読み取ったらしい。

「散歩って、高齢者じゃないんですから。
スポーツしましょうよ」

「面倒くさい。それより赤羽さん、そんなに急ぐことないですよ。マンションは逃げないからさ」

それはさっき俺が言った。
櫻井は再度心の中で突っ込みを入れる。

「お騒がせして申し訳ありませんでした」

「いやいや、気にしないでいいよ。そんなことより早くあのマンションを見に行こう」

頭を下げる赤羽に、
二宮は胸の前で両手を振った。

信号が青に変わる。
赤羽と二宮は並んで歩きだした。

どうやら本格的に赤羽には弱いらしい。

松本とともに２人のあとを追いながら、櫻井は二宮の背中に視線を注ぎ続ける。

これまで、こんな二宮は見たことがなかった。

横断歩道を渡り、住宅地の路地に入ったところで、二宮が振り返った。

「なにか言いたいわけ？」

歩調を緩め、櫻井に並んだ二宮が押し殺した声で言う。

「俺が何を言いたいかなんて、二宮先生ならすぐ読めるでしょ」

櫻井が皮肉っぽく言うと、二宮の眉間にしわが寄った。

「翔ちゃんが想像しているようなものではないですから」

「へーそうですか。ちなみに具体的に俺がどんな想像していると思ってます？」

二宮には日常的にからかわれているので、こういう時ぐらい反撃しても罰は当たらないだろう。

「翔ちゃん、最近相葉さんと言動が似てきたよね。あの色気ばか男にあんまり影響は受けない方がいいですよ」

「色気ばか男って……雅紀さんに言いつけますよ」

「あっ、マジでやめて。あの人ばかはともかく、色気って言葉に過剰反応するから」

「そんなに怖がるなら、言わなければいいじゃないですか」

怯える二宮の姿を見つめながら、
櫻井は微笑んだ。