大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ41)

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「うちの家系って、よく余計なことを口にしちゃうんですよ。下の妹も、そのせいで上の妹によく折檻されてる」

「二宮先生、妹さん2人いるんですか?!1人だと思ってました」

二宮が「あっ、馬鹿！」と慌てて唇の前に人差し指を立て、少し前を歩く松本に視線を向ける。

櫻井もつられて松本の横顔を見る。

もともと血色の悪い顔から、みるみるうち血の気が引いていった。

華奢で長身の体が細かく震えはじめる。

「潤くん、深呼吸して、深呼吸。ほら大丈夫ですから。美園ならここにいないから」

二宮は松本の背中に手を添え、耳元で囁くように言う。

松本は体を縮こめながら小さく頷くが、その表情は露骨に強張っていた。

美園というのは、二宮の妹の名前だろうか？
櫻井は首をひねる。

聞いたところによると、大学生のころまで天才を自負し、自尊心の塊だった松本の自信を、二宮の妹が木っ端みじんに打ち砕いたらしい。

本物の天才を前に、自分が『まがい物』であったことを思い知らされ、それからというもの今のように鬱々とした性格になったということだ。

古今東西ありとあらゆる知識に精通している松本も、櫻井から見れば紛れもない天才だ。

その松本をここまで怯えさせる人物など想像だに出来なかった。

なんとか松本を落ち着かせた二宮は、再び櫻井に近づいてくる。

「潤くんの前では、妹の話はタブーだっていったでしょ」

「話をはじめたの、二宮先生じゃないですか。それより赤羽さんは大丈夫ですか」

「大丈夫ってどういうこと？」

「この前、催眠療法を受けた時、赤羽さんはパニックになったじゃないですか。もしあのマンションが本当に自宅なら、そこに着いた瞬間に記憶が戻って、あのとき以上のパニックになるんじゃないですか？」

「いや、大丈夫だよ」

二宮は首を振る。

「僕の催眠療法は一気に、そして強引に呼び覚ますんだ。意識の底に封じ込めていた辛い記憶もね。だからこそ、赤羽さんはパニックになった。けれど自分で思い出す分には、もっとゆっくり、そして本当に思い出したくない記憶は避けて思い出していく。だから、パニックに陥ることはないはずです」

「そういうもんですか」

「あのマンションが自宅なら、そこに行くことで赤羽さんの脳が刺激され、今後ゆっくりと記憶が戻っていくようになるでしょうね」

専門家である二宮に断言されれば、そういうものなのだと納得するしかなかった。