大野クリニックで祝杯を－淡雪の記憶－ (ページ22)

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「まあ、本人が行きたくないって言っているんだから、無理に警察に連れていくわけにはいかないな」

楽しげに大野が言う。

「それじゃあ、どうするわけ？記憶が戻るまで待つの？」

雅紀は首を傾げた。

「いや、梅沢社長から治療を依頼されたんだから、彼女はある意味うちのクリニックの患者だ。出来るだけ記憶が早く戻るように治療する義務がある」

「俺の催眠療法で強引に記憶をよびさまそうってこと？かなり負担になりますよ」

二宮が訊ねると、
大野は人差し指を立てて左右に振った。

「怪我をしている患者に強い侵襲。加えすぎるのは良くない。それよりも、記憶を取り戻す手がかりを与える方がスマートだ」

大野はスタッフたちの顔を見回す。

「手がかり？」

二宮が眉根を寄せる。

「そうだ。まず俺たちで彼女の身元を探るんだ。それが分かれば、その刺激で記憶が戻ってくるかもしれない」

「身元……ね。確かにそうかも。いいんじゃないですか」

二宮がにやりと笑う。
雅紀も似たような表情を浮かべていた。

無言で俯いている松本は前髪のせいで、その表情は見えないが、反対の言葉を発することはなかった。

「いや、けど、普段の診療もありますし……」

櫻井がおずおずと反対の意思表示をすると、大野は少年のような笑みを浮かべる。

「心配するなって。当然、診療のさしつかえにならない範囲で調べるだけだから。それに、さっき言ったように、彼女の記憶を取り戻す手伝いはある意味治療の一環だ」

やっぱりこうなるのか。
櫻井はこめかみを押さえる。

いつもこうして言いくるめられてしまうのだ。

大野がトラブルに首を突っ込みたいだけだということを知りながらも、うまく反論出来ない自分がもどかしかった。

再び扉の向こう側から電子音が響いた。

扉が開き、奈美と共にセーターとロングスカートを着た女がバーの中に入ってくる。

女の姿を見て、櫻井は軽く目を見張る。

梅沢邸からここまで搬送する間は、顔や服が血に染まり、髪も乱れていたため気付かなかったが、こうしてみるとかなり整った顔立ちをしている。

男の目を強引に惹き付けるような色気はないが、どこか影のある落ち着いた雰囲気が魅力的だった。

「あの、ここは……？」

女は不安げに、
間接照明で照らされたバーを見回す。

「スタッフの待機所みたいなところですよ」

奈美が言葉を探しながら答える。