大野クリニックで祝杯を２【ARS】 (ページ20)

今日:14 hit、昨日:2 hit、合計:156,408 hit

__ ページ20

・

違う、俺が心配しているのは修理代金のこと
じゃない。

この子、下手したら雅紀さん達よりはるかに
危険人物なんじゃ……。

言葉を失う櫻井の横で、奈美は流れるように
ギアを入れ替え、アクセルをべた踏みする。

一瞬スピードを落としたためバンと離された
ミニだったが、再びバンに近づいて行く。

本当にあのバンを無理矢理停車させることが
出来るかもしれない。

圧倒的な奈美のドライビングテクニックを
見せつけられ、櫻井はそう思いはじめる。

再びミニはバンに近づき、10メートルほど
後ろにつく。

「智さんに電話して、
状況を伝えてください」

正面を見たまま奈美が言う。

櫻井は「あ、うん」と頷くと、ポケットから
スマートフォンを取り出した。

そのとき、前を走っていたバンの後部ドアが
開いた。

マスク姿の男が一人と、床に倒れている金髪の
男が見えた。

「……なにするつもり？」

奈美が訝しげにつぶやく。

マスクの男は、金髪の男の両脇に手を入れて
強引に立たせる。

「まさか……、うそでしょ」

奈美が震える声を上げる。

未だマスクの男がなにをしようとしているか
理解できず、櫻井は眉をひそめた。

次の瞬間、マスクの男は無造作に金髪の男の
背中を蹴った。

金髪の男は力なく前のめりに倒れていき、
そして……バンから転げ落ちた。

奈美が声にならない悲鳴を漏らしながら
ハンドルを切る。

アスファルトの上をバウンドしながら
近付いてくる男の体を間一髪で避けたミニは
勢いよくスピンし、ガードレールに当たって
止まった。

「櫻井さん、大丈夫ですか？」
「ああ。奈美さんは？」

櫻井はくらくらする頭を振りながら答える。
目は回っているが、怪我はなかった。

「私も大丈夫です。
それより、さっきの人を！」

櫻井と奈美は素早く扉を開けて
車外へと出る。

数十メートル先、片側二車線の車道の真ん中
に金髪の男が倒れているのが見えた。

その体はピクリとも動かない。

櫻井は車が来ないことを確認すると、
男に向かって走っていく。

「うっ……！」

男のそばに近づいた櫻井の喉から、無意識に
うめき声が漏れる。

想像よりも男の状態は悪かった。

右足と左手がおかしな方向に曲がっていて
左手の前腕では折れた骨が皮膚を
突き破っていた。

顔面は元々の人相が分からないほどに
腫れ上がっている。

櫻井は血で汚れたシャツに包まれた胸元に
視線を向ける。

わずかにだが胸が上下していた。
まだ息はある。