隣の兵頭君

９.アンシン ページ10

翌日。

毎朝6時半起きの私はすぐに身支度を整え、朝食を済ませに階段を下りる。
今日は卵焼きだろうか、ふわりと香るあの優しい匂いが鼻をくすぐる。



「おはよう、A」

『おはよ、お母さん』

「あら、今日は随分と機嫌いいじゃない。そんなにあの男の子のことが気に入ったの？」

『な、…い、いただきますっ』



からかい混じりに笑う母に少し腹を立てる。
そんなこと微塵も思ってないのに。

食卓の上の卵焼きを一気に口の中に詰め込む。
本当はゆっくり味わおうと思ったけど、母が意地悪するからいけないのだ。
そして温かい味噌汁を飲み、ほう、と一息。



『…ごちそうさま』

「行く時は弁当忘れないようにね」

『うん』



歯を磨き、髪の毛を整え、弁当箱をバッグに入れ



『いってきます』



玄関に響く私の声は、昨日の朝の私と違っていた。
明らかに。
なぜ？

それは分からないけど、でも、疑問が生じたと同時に兵頭君の顔が思い浮かんだ。



『…っ、い、いってきます』



まさか。
そう思いながら、この湧いた疑問をかき消すように一度言った言葉を再び呟いた。




───────


「あ、委員長おはよー」
「はよー古見」

『おはよう』



教室にはクラスメイトが数人。
決まった人がいつもいる。
あ、小林さんがいない、寝坊…か。

そして視線は自分の席へ。
彼は、いない。
いるかなという淡い期待も水の泡のように消えてしまった。

少しだけ、残念な気がした。



『……』



そりゃあそうだろう。
兵頭君はあくまでも欧華高校一の不良だ。
朝早くなんて来やしない。
期待をする方が馬鹿だ。

教科書をバッグから出し、机の中に入れたりと準備をする。



「…おはよう、古見さん」



右隣から聞こえた、おはよう。
声は小さいが確かに自分に向けての挨拶だ。
ぎこちない挨拶。
でも低くて、優しい声。



『おっ…おはよう、兵頭君』

兵頭「…っす」



こちらもぎこちない返事を返す。
上手く笑えただろうか。
そんなことよりもまず、すごく嬉しかった。
こんな気持ち、具体的にって言われると形容しがたいが、多分嬉しいに近い感情だ。
兵頭君が隣にいるだけで、どこか安心感もある。

まだ兵頭君と隣になって二日目だというのに、浮いた気分になるのはきっとどうかしている。
でもやっぱり嬉しいものは嬉しいのだ。

１０.モウソウ→←８.チケット

→ 目次へ｜作品を作る｜感想を書く
他の作品を探す