第拾話: 物腰穏やかな貴方 ページ10
「どうしてそんなに殺したんだ？」
白石は静かに問いかける。彼はごく普通の男で、囚人にしては礼儀正しく人当たりが良い印象だったからだ。
他愛のない会話をするはずが、いつの間にか緊迫して固唾を飲む羽目に。
彼は考える素振りをして、しばらく沈黙が続く。
「いやぁ、なぜでしょうね。私にもよくわかりません」
と少し困りながら少し間延びした声でそう言った。それから日はまたぐと、彼自ら話す時があった。
その日は気持ちがいいくらいの快晴で、鉄格子の小窓から眩しい日が差していた。その日差しがピッタリと辺見の背中に当たる。
『腹減った！』
「もう、弓弦葉ちゃんったら食い意地張っちゃって、きっともうすぐ来るんじゃない〜？」
刑務所の受刑者は、年齢や作業の内容で1日に摂取するカロリーが決められ、1人ずつ決められた等級食を食べていたそう。ちなみにご飯の量が違うことを等級食という。
朝食は米7割に麦3割を混ぜて炊いたご飯と沢庵に番茶だった。弓弦葉は少し物足りなさを感じたが、腹が膨れるには十分だった。
監獄の中で生活で囚人達の唯一の楽しみはお風呂と食事である。無論弓弦葉もその中の一人。寧ろ人並み以上に食事が楽しみで仕方がない。
看守から扉越しに人数分の朝食を貰うと、並々の米飯を一口頬張る。
『美味い！』
「…そういや、空腹が臨界まで超えるとどうなるんだ？」
『そこまで行くとその辺の草とか食べてたりする』
「えっ、それは大丈夫なのか？
雑草よりも山菜とかは食べないのかよ？」
『その時肉ばかり食べてたからどれが山菜か朧(おぼろ)気でな。それ以来野菜なら食べてる』
「ちゃんと計画的に食べろ！よく生き残れたな！」
弓弦葉は沢庵をひとつまみ頂くと、ほんのり甘さが後味に残ってご飯がよく進んだ。
畳付きを右手で持ち上げ、自然と視線が上に向く。
すると、パチっと辺見と目が合った。それを引き金か、辺見は箸をお椀のふちに置くと、話を切り出した。
「あの…お話したいことがありまして」
「ん？なにどうしたの辺見ちゃん」
「この前、なぜそんなに殺したか、そう聞いてくれた時がありましたよね。なんとなくわかった気がするんです」
『……』
弓弦葉はこのことは予想はついていた。
殺人罪などの前科がある彼女に言われたくは無いが、なんとなく辺見から嫌な雰囲気が漂う。
そんなことはつゆ知らず、彼はお手本みたいな笑顔でにんまりと笑うと、まずは自身の過去を語り始めた。
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作者名：S | 作成日時：2024年3月20日 17時
