鼬の道【ゴールデンカムイ】 (ページ15)

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第拾伍話: 丁寧な言い回しページ15

『看守さん、名前はなんていうんだ？』

「門倉だ、門倉看守部長と呼んでくれよ？」

『わかった、門倉』

「一ミリもわかってねぇな」

そう言うと、彼は軽くため息をつく。同時に、このやりとりに弓弦葉は違和感を覚えた。

看守がやすやすと囚人に大福をあげるなんざ、詫びの品であってもおかしいとしか思えなかった。善意な心でやっているはずがないと、怪訝な顔で相手を見つめる。

「前々から思うんだが、お前さんは敬語を覚えてくれ。このまま目上とかにもタメ口だと痛い目にあうぞ」

『えっ…あ？』

「何あっけらかんとしてるんだ。俺がただ大福をあげるだけの優しいおじさんに見えるのか？」

『違うのか？』

「んなわけねぇ」

弓弦葉の言葉遣いには、悪い意味で周囲から際立っている。それもそのはず、村育ちの彼女は、親からも近所の人達からも(最低限の気遣いはあったものの)方言で使われていたのである。

都に上京する前に網走に収監されたので、彼女の話し方は人から見て丁寧でない。

『丁寧語はおべねぐもねばって(知らなくもないが)、アレだともちょこいよ(くすぐったい)』

「日本語を話せ」

む、と門倉は口をへの字にする。

「兎に角！標準語になってくれないとこっちもお前さんも困るんだよ。あんた弘前出身？」

『私弘前近辺の者でないんで無理ですね』

「できるんじゃねぇか」

津軽方言一般は敬語表現があまり発達していないが、弘前(ひろさき)城下で話されていた弘前方言は例外で、敬語が発達し丁寧な表現が多い。

弓弦葉は1、2年程度弘前城の近くに住んでいた為、多少なりとも丁寧語を備わっていたのだ。
わざわざ方言やタメ語ではなしているのは、話すと何かむず痒いからである。

「できるならもういいわ」と完全に呆れた様子でそう言い放つと、立ち上がって扉に手を掛けようとした。

「そういや葛西、"のっぺら坊"を知ってるか？」

門倉は背を向けたまま小さく話しかける。
弓弦葉は今の今までのっぺらぼうなんて本や人づてに聞いたことはあるが、あまりにも突飛押しもない話題で訳なく声を漏らす。

『確か妖怪じゃなかったけ？顔がない……』

「…いや、知らないならいい。
どうせ嫌でも知ることになるからな」

『どんだば…？(どういうこと…？)』

てっきり冗談かとも思ったが、門倉の声遣いはどうも特有の笑いが混じった話し方じゃなかった。

彼の言葉に弓弦葉は不思議に思って首をちょっと傾げ、大福をぱくつく。